憧れだった子

「今日こそは、遥香ちゃんに話しかけるんでしょ?」


 昼食をとりながら、沙綾に突然訊かれる。

 それまで咲良のことを考えてぼーっとしていた私は咄嗟に頷いた。


「う、うん」


「なんか、今日はやけにテンション低くない?金曜はあんだけ遥香ちゃんだ!って興奮してたのに」


 今日は咲良と出会ったあの日から休日を挟んで月曜日。いつものように沙綾と雪穂、私の三人で集まっていた。


「興奮なんかしてないよ。ただ、今日はちょっと他に考えることがあって……」


 そう言いながらも、再び私の頭は咲良のことでいっぱいになっていく。


「菜瑠美が何か考えてるなんて珍しいじゃん。なんか困りごと?だったら沙綾お姉さんと雪穂お姉さんに言ってみ」


「もう、私だっていつもちゃんと考えてるってば」


 まるで小さな子供に話しかけるような言い方をする沙綾にムキになってしまう。こういうところが子供扱いされる原因なのだろうか。そんな私を見ながら、沙綾はさっきまでのからかうような態度から一転して真面目な顔になる。


「んで、何があったの?」


 からかうような口ぶりでも、なんだかんだ心配してくれているのだろう。咲良のことは特段言うつもりはなかった。でも、そんなに態度に出ていたのなら言った方が心配させずに済むのかもしれない。


「昨日、不思議な子に会ったんだよね」


 何があったのか興味津々な様子の沙綾と、本気で心配そうにしてくれている雪穂。対照的な二人に、大まかに昨日のことを話した。


「へー。んで、私と雪穂が話してる間もずっとその子のことを考えていたと」


「ごめん……。なんか、頭から離れなくて」


 腕組みをする沙綾に縮こまりながら謝ると、雪穂が不思議そうに私を見る。


「そんなに気になるのに、会いに行かないの?同じ学校、なんだよね……?」


「ずっと考えてはいるけど、実際会いに行くのはなんか……ちょっと勇気がなくて」


 あの日感じた、初めての感情。その正体が分からないまま会いに行くのは、なんだか怖かった。……でも本当は、そんなの関係なく早く会いたい。私がまごついていると、沙綾はしびれを切らしたように言った。


「焦れったいな~。菜瑠美、あんた遥香ちゃんの方はどうすんのよ?遥香ちゃんだって、ずっと会いたかった子なんでしょ?その気になる子……咲良ちゃんにも会いたいんでしょ?咲良ちゃんと遥香ちゃん、どっちでもいいから今日必ず話しに行くこと」


 びしっと人差し指を立てながら説教するように言う沙綾に、私は気圧されるように頷く。

 そして、沙綾に言われてから数分後。その機会はすぐにやってきた。明るい遥香ちゃんの周りには絶えず複数人のクラスメイトが集まっていたのに、タイミング良く誰もいなくなったのだ。


 沙綾に促され、遥香ちゃんの側まで慌てて歩いて行くと深呼吸をする。


「あ、あの……遥香ちゃん、私のこと覚えてる?」


 急に言ってどうする、まず自己紹介が先だろう。すぐに言うつもりのなかった言葉に、思わず心の中でセルフツッコミしてしまう。多分、ずっと気になっていたことだから口をついて出てきてしまったのだろうけど……こんなこと、きっと急に言われても困るだけだ。


 案の定、視線の先に映る遥香ちゃんは戸惑った表情をしていた。


「えっと……前に会ったことあったかな?」


「あっ、急にごめんね。私、遥香ちゃんと小学生の頃同じクラスで……やっぱり、覚えてないよね……?」


「ごめんね、覚えてないかも」


 私はどちらかというと目立たないタイプだったし、覚えてもらえてなくて当たり前だ。……そう思っていたのに、いざその答えを聞くと、思っていた以上にショックを受けている自分がいた。


「あはは……そうだよね」


「多分、東条さんが言ってるのって私が転校しちゃう前のことなんだよね?私、あんまりその頃のこと覚えてなくて……本当にごめんね」


 申し訳なさそうにする遥香ちゃんに、私は何回も首を横に振る。


「全然、大丈夫。気にしないで……私の方こそ、急に……ごめんね」


 落ち込んだことを取り繕うこともできずに顔を俯けた。そんな私に、遥香ちゃんは場の空気を切り替えるように明るい声を出す。


「私と東条さんがその頃どうだったのかどうかは分からないけど、せっかく偶然また会えたんだし、仲良くしようよ」


 笑顔をこちらに向ける遥香ちゃんに、救われたような気持ちになった。


「遥香ちゃん……って勝手に呼んじゃってたけど、これからもそのまま呼んじゃって良いかな?」


「もちろん。じゃあ、私も菜瑠美ちゃんって呼ぶね!」


 夢みたいだ。あの頃、遥香ちゃんから話しかけてくれてはいたけど、ほとんど遠巻きから見ているだけだった憧れの子とこうして話しているなんて。

 遥香ちゃんの変わらない明るい笑顔を目の前にして、私は小学生の頃と同じ憧憬の念を強く抱いたのだった。

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