第6話 不釣り合い

 「村下さん!この際だから言いたいことがあります!」

 何かを言おうとしている後輩に対して、俺は「どの際だよ」と思いながらも、

「おうおう、なんだなんだ?」

と穏やかに聞いた。みんなも何を言うのかと目を輝かせている。

 酒の席での暴露は時として場を盛り上げる。だが、”時として”だ・・・。”必ずしも”ではない。

 「救助隊はいつだってそうなんです!仕事では偉そうに肩で風きって歩いてるし、こうやって飲みに来れば女の子たちからチヤホヤされて!ちょっと服の色が違うからって、俺達消防隊と何が違うっていうんですか!人を助ける仕事ってことには変わりないでしょ!」

 そいつは息継ぎもせずに吐き出した。

 時間が止まった。

 俺も呆然と立ち尽くす。

 怒りはない。

 言葉を失って、どうにも身動きが取れなかった。

 さすがのカミングアウトに、ケイが焦って動き出した。

「ちょ、おま、お前なに言って・・・」

 それを自分で遮った。

「すまん。そんなつもりはなかった。本当・・本当に申し訳ない。俺は・・ただ人を助ける術を磨きたくて、救助隊になった・・お前らに偉そうに映ってしまったんなら・・それは・・それは本当に申し訳ない」

 俺が深々と頭を下げても、彼も負けなかった。

「だからそういうとこなんですよ!良い人ぶって、こんな文句も相手にしないで、カッコつけて、俺達のこと見下してるんすよ!」

彼が言い放ったときだった。

「パチーン」

店内に鋭いビンタの音が響いた。

 俺が顔を上げると、祈織さんの手が振り切っていた。

「グチグチ、グチグチと・・・ダッサい!私、帰る!」

それだけを言い残して祈織さんはカバンを持つと、カツカツとハイヒールを鳴らして店を出た。

 咄嗟に彼女を追いかけた。


 「待って、待って!」

 止まらぬ彼女の手を掴んだ。

 周囲に居た人達は、振られた男が振った彼女を追いかけているように思っただろう。

「なに?」

彼女は強い表情で振り返った。

「ゴメン!・・・いや、その・・・ありがとう」

 俺は彼女を引き止めたにも関わらず、何を言いたいのか自分でもまとまらずぐちゃぐちゃになった。

 「なんで謝るの?ありがとうってどういう意味?」

今度は穏やかな表情で質問してきた。

「いや・・・なんというか、俺の言いたいこと言ってくれて、ありがとう」

「じゃあなんであのとき彼にそう言わなかったの?なんで彼に謝ったの?」

「だって・・・」

彼女の優しい口調に騙されそうになったが、考え直した。

(なんで俺がこんなに気遣わなきゃならねぇんだ)

「だって今日は俺を祝うためにみんな集まってくれたから、だから気分悪くしちゃいけないかなって!」

言い切ったものの、どこか違うと思って一度首を振った。

「違う!俺もよくわかんねぇんだ!アイツがそう言う気持ちもわかるし、俺がムカつくヤツだって自覚もある。でも悪気はないし、そもそもなんで俺がこんなに色んなヤツに謝らなきゃいけないのかもわからねぇ!」

俺が一気に吐き出すと、彼女はその途中からニンマリと笑顔を見せ目を瞑った。

「よし!」

そう言って目を開くとあどけない笑顔になった。

「やっと君は君を見せてくれた。ずっと、君じゃない誰かと話しているみたいだった」

俺が口をポカンと開けて「は?」という表情を浮かべても彼女はそれ以上説明しない。

「ねぇ、ちょっと飲み足りないな・・・もう一軒行こうか!」

彼女はそう言って振り返り、雑踏に向かって歩き始めた。

 それが彼女のあざとさか本音かはわからなかったが、そんなものはどうでも良かった。あまりにも思ってもみない展開に驚き、鳥肌が立つくらい急にリズムを上げた心臓の鼓動に、俺のなかの常識は崩れ、脳内は高揚感に支配された。


 彼女が数歩先を歩く。

 追いつかないわけではないが並ばなかった。

 俺は今日初めて出会ったこの新しい生物を観察するかのようについて行った。

 「なにも言わないけどさ・・・付いてくるんだぁ」

彼女は微笑みながら後ろを振り返った。

「うん。興味がある」

「それはどういう興味ですかー?」

「色んなこと。どんな人なのか。何が好きで、何が嫌いなのか。でも今一番興味があるのは、どこに向かってるのかなってこと」

「んー、まったく考えてない。このへんでどこか良いところない?」

俺は周囲を見渡した。特に思考はなかった。この予想しなかった展開、いきあたりばったりの流れに身を任せた。

「ここで良いんじゃない?」

横にあったおそらく個人経営だろう小さな沖縄料理屋を指差した。

 彼女が頷いて、今度は俺が先に店に入った。

 店内には入ると、手前のカウンターでサラリーマンが二人で飲んでいて、他に客は居ない。

 「あの・・何時までですか?」

俺が店員に尋ねると、「何時まででも」と、小さなおばあさんが答えた。

(なんだその適当な感じは・・・)

そう思いながら、奥にあるテーブル席に座った。


 改めて向かい合うと、急に気まずい雰囲気を感じる。

 お互い用もないのに店内を見回したり、注文は済んでいるのにしきりにメニュー表を見たりした。

 ”一杯目”が来るまでは、話を始めないでいようと思った。話が盛り上がったところで、酒を持ってこられると、そこで途切れてしまうから。

 さきほどの小さなおばあちゃんが”一杯目”を持ってきた。

 「お姉ちゃん綺麗なドレスだねぇ。素敵だよ」

そう言いながらテーブルの上にグラスを置いた。

 おばあちゃんに言われて、思い出すように彼女の姿を見た。

 まったくもって雰囲気に溶け込まない彼女の姿に、思わず笑ってしまった。

「なにがおかしいの?」

彼女はムッとした顔をした。

 「いや別に」と一旦誤魔化してから、おばあちゃんが離れるのを待って、彼女の顔に近づいて小さな声で言った。

「この店に不釣り合いだなって。それに連れもこんな格好してるヤツだし」

と自分の服装を見て笑った。

「そうね。確かに雰囲気は合わないね」

彼女も苦笑いをして、また沈黙が流れた。

「ドレス、綺麗だね」

「ありがとう」

と彼女は少し悲しげな表情を浮かべながらグラスを持ち上げた。




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