第5話 通知音
テーブルに戻るとさきほどのスポーティーな女の子が自然と俺の隣に陣取った。
話の流れからして、その子は”アヤカ”という名前だとわかった。そしてここに居る女の子達の職場が歯医者だということもわかった。
「ゴメン、ちょっとタバコ吸ってくるわ」
俺がそう言って席を外そうとすると、ケイがそれを止めた。
「いいじゃんここで吸えば!」
「いや女の子居るし・・外行ってくるよ」
ケイもだいぶ酔っ払っている。俺の本音がそこではないことくらい、この男ならわかる。
店の外に出ると、俺はタバコに火をつけて時計を見た。
(二十二時かぁ)
と思いつつ、帰るための言い訳を探した。
俺もケイも明日は休みだし、このままいくと「次の店に行こう」となることは聞かなくてもわかる。
「フゥー」と大きくタバコの煙を吐きながら考えた。
そうこうしていると後ろから声がした。
「いつまでタバコ吸ってるんですかぁ」
驚いて振り返ると、アヤカちゃんがいた。
「あれ?アヤカちゃんもタバコ吸うの?」
「いやぁ吸わないですよ。トイレに行って、外見たらまだ居たから声かけたんです」
俺は「そっか」と声にならないような小さい声で答えた。
「村下さんて、明日はお休みなんですか?」
「ん?なんで?」
と答えをはぐらかしたが、なんで聞いてくるのかはわかっていた。
「みんなが”次の店行こう”って話してたから・・・」
今度ははっきりと「そっか」と言って違う方を見た。
まだ残っていたタバコを焦るように消して、
「じゃあ戻ろっか」
と彼女を誘った。
「あの・・・連絡先教えてもらえませんか?」
店内に戻ろうとした俺の背中に、アヤカちゃんが声をかけた。
「ん?誰の?」
この反応にはさすがの俺も反省した。誤魔化すにしてもそんな言い方をするべきじゃなかった。
決して彼女のことが嫌いなわけではない。むしろ、普通に可愛い女の子だと思う。性格も良さそうだし、きっと気分が違っていれば、こちらから声をかけたいくらい愛しい雰囲気を持っていた。
「あ、ゴメン。いいよ。まさか俺じゃないよなと思って恥ずかしくなって・・誤魔化しちゃった」
俺は言い訳にならない言い訳をして、彼女の機嫌を取った。と同時に、明らかにケイや他の後輩たちがこの子のことを気になっていることを思い出した。
俺がスマホを取り出してロック画面を開こうとしたとき、待ち受けにしていた画像に彼女が反応した。
「それ、村下さん達ですか?」
その画像は大会のときにみんなで撮った集合写真で、オレンジ色の”赤服”を着ている男たちが六人写っていた。
「うん。コレが俺だよ」
そう言って見せてあげた。
「やっぱりカッコいい・・・」
彼女は目を輝かせた。
「・・・みんなが思ってるほど、俺達はスーパーヒーローじゃない。できないことがたくさんあるんだ」
俺がそう言うと、彼女の輝いた目が潤んでいるように変わった。
俺は咄嗟に画面を開いてLINEのQRコードを彼女に見せた。
「ゴメンゴメン、変なこと言って。ハイ!読み取ったら何か送っておいて!」
そう言って笑顔を見せたが、彼女の顔はすぐには晴れなかった。
少し気まずいまま、みんなの居るテーブルへと戻っていった。
「ムラ、次行くぞー」
俺とアヤカちゃんが席に戻ると、すかさずケイから声がかかった。
「おぉー」
と言いながらも、後輩が心の中で俺を睨んでいるのがわかった。
明らかに、俺とアヤカちゃんが一緒に帰ってきたことを不審に思っている。
ケイは先陣を切って店を出た。
「ほらー次行くよー」
と言いながら後輩がアヤカちゃんの背中を押してケイについていった。
(めんどくせぇ)
後輩の心中も次の店に行くのも何もかもがめんどくさく感じた。それでも、「わり、俺帰るわ」と雰囲気をぶち壊す勇気もない。
気だるさを店内に残したまま、のそのそとついて行った。
次の店に向かう道中、俺も祈織さんも自然と一行の一番後ろを歩いた。そこに言葉はなかったが、なんとなくお互いの心中を察していた。
時折、アヤカちゃんやケイが後ろを確認する。特に何を言われるわけではないが、言いたいことは伝わってくる。
「ピロッピロッ」
俺のスマホが鳴った。ポケットからスマホを取り出し、慣れた手付きでLINEの画面を開くと、送信元はアヤカちゃんだった。
そこにはスタンプが貼られていて、スマホの画面から顔を上げるとアヤカちゃんがこっちを見ていた。その周りでは後輩たちがガヤガヤと騒いでいる。
俺は僅かに頷いて、目を逸らした。スマホをポケットにしまった瞬間、もう一度通知音が鳴った。そこには、
(祈織さんには気をつけてください)
という言葉と泣き顔の絵文字が貼られていた。
当の本人は、俺の隣を下を向きながら歩いている。
(なんで?)
俺が返信を返すと、それを読んだアヤカちゃんは横を向いて「内緒」のポーズをしてみせた。
俺には意味がわからなかったが、そんなに気になりもせずスマホをしまった。
二次会、というか三次会は、ごく一般的なチェーン店の居酒屋で、そこにはそれぞれ一次会や二次会をくぐり抜けてきた大人達が部分部分で群れをなしていた。
みんな同じように日頃の疲れを癒やそうと集まっているが、ほとんどがスーツ姿で、俺たちのようにカジュアルな格好をしている者は少ない。
ましてや、同僚の男同士で飲んでいる人が多く、俺達のように男女で騒ごうとしている一行には冷たい視線が向けられた。
それでも先行していった者達はそんなもの、もろともしない。
最後に入店した俺と祈織さんだけがその視線を強く感じた。
席に着くなり、みんなはアルコールを注文した。
俺はウーロンハイを頼み、ついでに灰皿を依頼すると、「店内は禁煙だ」と断られた。
しかたなく店の外にタバコを吸いに行った。
さっきは吸った気がしなくて、タバコを二本も消費した。
俺が席に戻ると、注文していたみんなの飲み物がきていた。そのうちの一つがすでに空になっている。後輩の前に置かれたジョッキで、そいつは目が座っていた。
みんなも静かになっていて、異様な雰囲気を感じた。
クスクスと笑っている者も居る。
「ん?どうした?」
俺がそう聞くと、後輩は隣においてあったジョッキまで飲み干して、それをドンッとテーブルの上に置いた。
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