第3話 違和感

 店員が終了時刻をお知らせに来たときには、俺達のほとんどはかなり酔っ払っていた。

 冒頭「ヒーロー」と呼ばれていた俺のあだ名は、いつのまにか「大隊長」に変わっている。

 「大隊長!次はどこが良い?」

少し離れたところにいた幹事から大きな声で聞かれた。

「俺はどこでもいいぞ!どっか行きたいところあるヤツいるか?」

少しの間、ザワザワしたあと、どこからともなく声が聞こえた。

「スポーツバー行きましょうよ!」

「おう!じゃあ、そこにしよう」

誰の具申かもわからないまま、俺の指揮によって次の店が決定した。

 そうと決まれば動きが早い。さっさと会計を済ませ、俺達は時間内にBBQ場をあとにした。


 スポーツバーの外観はオシャレだ。

 海外のような雰囲気と“立ち飲み”というスタイルが、普通の居酒屋と違うだけでオシャレなように感じる。注文方法も“前払い”というのを“キャッシュオン”と言い換えるだけで代わり映えがした。

 しかし、決してオシャレだから好きなわけではない。

 精力旺盛な若者にとっては、オシャレかどうかよりも、もっと求める部分があった。

 どんな時代にもいわゆる“陽キャ”が集まる場所は限られてくる。この時代において若者はディスコには行かないし、ましてや焼き鳥屋に行って楽しいことが待っているとは思っていない。

 つまり俺達の目的はスポーツ観戦ではない。“出会い”だ。


 店に入ると、手慣れた動きでカウンターに並ぶ。それぞれがキャッシュオンで酒を注文して、乾杯に備える。

 最初の一杯だけは全員で乾杯する。といっても、立ちのみ状態でダラダラと口上を述べることはない。

 「村下副士長を祝って、カンパーイ!」

もはや誰が音頭を取っているのかすらわからないし、そんなことを気にすることもない。

 緩やかに始まった二次会は、乾杯の合図とともに即座に解体され、蜘蛛の子を散らしたように散り散りになる。俺達はこれが目的でここに集まる。

 居酒屋であれば席についてしばらく時間を過ごさなければならないが、スポーツバーであれば、そんな必要もない。フラフラしながら、落ち着く場所を探す。

 俺達若者はいつだってそうしていたい。そんな自由な空間が好きだった。

 ましてや、職場の公式な飲み会に自由はない。聞きたくもない上司の説教を聞かなければならないし、後輩のつまらない話の相手をしなければならない。しかしこの自由な空間にそんな制約はない。


 といっても、俺はウロチョロするタイプではない。じっと店内の角のテーブルを死守してのんびりと飲んでいた。

 特に今日は「本日の主役」が故に、俺が動き回らなくてもみんながかまってくれた。

 流れはほとんど一次会と同じである。酒が進んだことによって少しだけみんなの心が開放的になっているのを感じる。

 普段、消防署ではいわゆる“怖いキャラ”を演じていた。でもそれは、本音ではなく、一種の仕事として、その役を演じていただけだった。

 本当のことを言えば、そんなに他人に興味がない。

 「救助隊は服の色も違うし、試験を受けて入隊する精鋭部隊だ。周りから一目置かれる。だから自分に対しても周りに対しても厳しくなければならない」というのがウチの森田救助隊長の“教え”だった。

 俺はそれを忠実に演じていた。

 そんな俺に対して、今日のみんなは開放的に接してきた。「酒の席では無礼講」とはよく言ったもので、日頃の文句や苦情をぶつけてきた。

 俺はそれが嫌ではなかったし、こんなときくらいはみんなと仲良くしたいと思っていたから、みんなの本音が聞けるのは嬉しかった。


 「あちらのお客様からです。大隊長殿」

カッコつけた声で、テーブルの上にジントニックをドンッとわざと音を立てて置いたのは、荒木圭佑という後輩だった。後輩といっても、歳は同じで期が一つ下なだけだから、お互い先輩後輩のつもりはない。彼も俺を“ムラ”と呼ぶし、俺も彼を“ケイ”と呼んだ。

 「どちらのお客様だよ。ごちそうさま」

そう言って、いま飲んでいたビールを一気に飲み干した。

 「みんな楽しそうにやってるぞ。ムラはいいのか?さっきあっちで早坂がナンパしてたぞ!」

俺の気分をわかっていて聞いてくる。

「いいんだよ。今日はみんなの楽しそうな姿見てしっぽり飲むよ」

「今日は、っていつもだろうが」

そんなやり取りをしながら、俺はジントニックを手にとって軽くグラスを交わす。

 ケイはタバコに火を付けると、ゆっくりと煙を吐き出した。

「なあムラ、ムラはこのままずっと救助隊をやって、いつかは救助隊長になるのか?」

「どうだろうな。先のことはわかんないけど、そうなるんじゃないか?」

ケイは口を固く結んで納得するように何度か頷いた。

「ケイは救助になんねぇのか?」

あえて、あまり興味が無いように聞いた。

「俺は消防隊がいい」

答えはわかっていた。いままでにも何度か聞いたことがある。ケイもそれはわかっている。

「ふーん」

さらに興味が無いように相槌を打った。

「ムラもさ、一回もう一度消防隊に降りたらいいよ」

ケイは一度も救助隊に配属されたことはない。俺は以前、消防隊をやっていた。

 何故ケイがそんな提案をしてきたのか意図を汲み取れなかった。

「なんでそう思う?」

「うーん、なんでだろうな。なんとなく!」

そう言ったところで、それ以上掘り下げられるのを嫌ってか、

「お、あそこの子、カワイイ!じゃ!」

手を挙げてそそくさと去っていってしまった。


  俺はしばらくの間、考えていた。

 ケイが「一度消防隊に降りたらいい」と言ったとき、そこには明らかに深い意味があった。そして、一瞬だけ彼が見せた、悲しげでもあり前向きとも取れるなんとも言えない表情を思い出していた。

 救助隊になってやりがいを感じているし、誇りをもって仕事をしている。ましてや救助隊会で成績を納めて、だんだんと自分の居場所を確立しつつあった。

 それでもどこか違和感を感じている部分があるのも事実だ。

 救助隊は消防隊に比べて圧倒的に出動件数が少ない。それが俺の違和感に直結しているわけではないだろうが、その答えは俺にもわからなかった。

 ケイのあの表情はそれに気づいているようだった。

 ハイテーブルに、腰を曲げ肘をつき、顎を手のひらの上に乗せ、ジントニックがゆっくり汗をかいていくのを見つめ続けた。


 しばらくその姿勢のままいると、横から声がした。

「こんな場所で何を深刻に考え込んでるんですか?」

 誰かと思って足元を見ると、女性モノのハイヒールが見えた。

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