第2話 獲れるヤツ

 「ご予約ですか?」

「あ、ハイ・・えっと・・誰の名前で予約したんだろう・・・あの、騒がしい若いヤツらが十数人で来てませんか?」

「・・・あちらのお客様方ですかね?」

 店員が指す方向を覗き込むと、奥の方に俺の予想に反した一団がいた。

 全員が“気をつけ”をして店内廊下の両端に並んでいた。

「あ、アレですね。ありがとうございます」

俺は気恥ずかしそうに言って、その一団の方に歩いていった。

 作られた花道の真ん中を通る。

 目の前を俺が通り過ぎると、両脇の者達が俺に向かって敬礼をする。

 俺は一番奥に到達すると、華麗に“回れ右”をして向き直った。

 一番手前に居る者が声をかける。

「村下副士長に敬礼!」

 全員が一斉に右手を顔の前に挙げた。

「メダル授与!」

というかけ声に合わせて奥から一人が近づいてきた。

 彼はポケットから金色のモノを取り出した。それは“ドン・キホーテ”で見たことがある代物だった。

 と同時に、反対のポケットから襷を取り出して俺の右肩に掛けた。そこには「本日の主役」と大きな字で書かれていた。

 「表彰状授与!」

その号令に合わせて、一枚の紙が俺の目の前に差し出された。

「おい、コレ本物じゃねぇか!」

一気に会場が爆笑で包まれる。

 笑い声がひととおり収まったところで、

「では、本日の主役から一言いただきましょう!」

司会役の合図でスポットライトが当たる。

 「えぇ、みなさん、今日はこんなにも素晴らしい会を用意してくれてありがとうございます。では、グラスをお持ちいただいて・・・」

と言ったところで遮られた。

「待て待て、早い早い。大会のこと、なにか話してくれよ」

「なにかって言われてもな・・・」

俺が困っている顔をしていると、

「じゃあ、聞いてもいいですか?」

と遠くの方から声が聞こえた。列の端に立つ浅田だった。

「救助大会って・・・実際に現場であんなことをやるわけではないじゃないですか?その前提があって、どうしてあんなことをあんな長い時間、頑張れるんですか?」

(おう、これまた真剣な質問だな)

「それはね、一発勝負の競技を、俺はここまでやれるんだぞってことを、周りに見せつけるため・・・かな。俺はそう教えられた」

今度は会場が一斉に「おぉ」とどよめいた。その盛り上がりを逃すまいと司会役が号令を掛けた。

「カンパーイ!!!」


 「飲んでますかー?」

会も中盤に差し掛かったころ、後輩がいたずらに絡んできた。彼は完全に出来上がっている。

 BBQとはいえ、ほとんど食事をした者はいなかった。

 大勢での乾杯、夕日に照らされたビルの屋上、少し蒸した空気、みんなの手には瓶が握られており、そこはまるで優勝チームの「ビールかけ」会場のようになっていた。

 来る者来る者にビールを注がれ、ときにはヒーローインタビューに答え、ときにはドキュメンタリー番組の真似事に付き合った。

 そしてみんなが各々歓談を始めた頃、早坂という救助隊の後輩が近づいてきた。

「ムラさん、さっきの話、詳しく聞かせてください」

「さっきの話って?」

俺がそう聞き返した。

「俺は救助隊員になって、大会競技に参加させてもらって、すごく楽しいしいんです。でも少しだけ“やりがい”という部分に疑問をもってきました。だって、浅田が言っていたように、あんなこと現場ではやらないじゃないですか」

「あぁ、その話か・・・」

俺は目線を変えた。

「あのな、確かに俺達救助隊員も、実際に現場でロープを登ったり降りたり渡ったりすることなんてまず無い。それにもし稀にあったとしても、そこにスピードなんて求められない。つまりはあんな競技に、意味なんてまったくないんだよ」

「ムラさんもそう思ってたんですね」

「あぁ。でもな、それでも俺達にはやらなきゃならない責任がある」

「どういうことですか?」

「それはな、“一生懸命頑張ることが大事”とか“努力することに意味がある”なんてやさしいものじゃなくて、“金メダルを獲ること”にこそ意味があるんだ」

実際に競技大会で「金メダル」を貰えることはない。それは、優勝することを意味していた。

「でも優勝したからといって、実際に人を助ける技術が磨かれるわけではないじゃないですか」

「そう。そんなものには全くなんの意味もない。そうじゃなくて、お前が金メダルを穫れる男かどうかをみてるんだよ」

「んー」

早坂はまだ釈然としないようだった。

「救助隊員ってのはな、最後の砦なんだよ。その最後の砦が普通のヤツじゃダメなんだ。何百時間も何万回も練習してきたことを、一発の本番で発揮できるような、金メダルを取れるようなヤツじゃなきゃダメなんだよ」

俺は力強く言い切った。

「だから勝てないようなヤツに用はない。もちろん、勝てなかったからといって、救助隊員としての資格が無いなんてことは言わない。でもな、プレイヤーとしては勝ち以外意味が無いと言えるように覚悟をもってないといけない」

「ほぉ」

少し理解したようだ。

「もしお前が隊長で、本当に切迫した環境に隊員を向かわせるなら、“金メダルを獲れるヤツ”と“獲れないヤツ”どっちを向かわせたい?」

「そりゃ“獲れるヤツ”の方が良いに決まってるじゃないですか」

「そうだろ?決まってるんだよ。それなのに勝てなくてもいいなんてことはないだろ。だからつまりは、隊長や周りの人に“コイツになら任せられる”って思ってもらえるように頑張るんだよ」

「なるほど」

「だから、“競技なんて意味が無い”とか“勝てなくても頑張ることが大事”なんてものは、ただの負け犬の遠吠でしかないんだよ」

早坂は時間を置いた。今の言葉達を丁寧にすくい上げるように目を閉じた。

 目を開くと、晴れやかな顔になっていた。

「あなたのようにハッキリと言い切る人は初めて見ました」

「いや別にこれは俺の考えじゃない。俺は森田隊長にそう教えられた」

「スッキリしました。今年はもう終わっちゃいましたが、来年は必ず獲りにいきます」

「そう。そういうこと」

 早坂の中でモヤついた感情は、ビルの隙間に吹いた風と共に流されたいった。

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