濃紺の救士 ーオレンジの天の川ー
敷嶋 カイ
第1話 当書のとおり優秀な成績
ー 前書き ー
これは五年前、俺がまだ特別救助隊に所属していた頃の話である。
いつもなら飲み会に行くのは少し気が引けた。
騒がしいのが好きというより、静かな方が好きという方がなんとなくクールな気がしていた。
後輩には「めんどくさいよな」と言い、先輩には「楽しみですね」とどっちつかずの意見が溢れてしまう自分のことがあまり好きではなかった。
とはいえ、今日は素直に楽しみである。
なぜなら、今日は俺の為に開かれる会だからだ。
消防士には年に一回「救助大会」と呼ばれるお祭りがある。命がけでやっている人もいるくらいだから、「お祭り」なんて言うと狂ったように怒る人がいて、同業者の前ではそんなことは言えない。
俺は先月の6月4日に行われた「県消防救助大会」において、当書のとおり優秀な成績を納めた。
今日開かれるのは、そのお祝いの会だった。
先週、LINEで「村下士長救助大会祝賀会」と題打たれた案内が届いた。もちろん参加者のみんなに届いている内容とは少し違う。俺に届いた文には「参加費」が記載されていない。俺自身もそれを不思議に思って送り主に訪ねたりなんて野暮なことはしない。
あんな厳かなタイトルをつけたのは大げさで、大して大物が来るわけではない。実際に参加するのは同期や少し上の先輩、半ば強制参加の後輩達で、自分の隊の隊長すら来ない。
集合場所は現地集合らしい。
きっと、他のみんなは別なのだろうと、俺は予想した。なぜなら、俺の集合時間だけ十八時十五分というなんとも端切れの悪い時間だったからだ。
案内には「天空テラスBBQガーデン」と書かれており、添付されたURLを開くと、どうやらそれは駅ビルの屋上らしい。どこにでもあるようなチェーン店の居酒屋でなかったことが、俺の気分をさらに高揚させた。
当日、俺は勤務明けだった。
多くの消防士は朝に勤務が終わる。俺も例外なくその一人だ。
俺達の業界では、エリート街道を進むような人間のことを「事務屋」と呼ぶ。といってもそれは“進まない人間”が皮肉を込めてつけた名前で、俺ももれなくその“進まない人間”の一人だった。
勤務が終わって帰ろうと駐車場に向かっているとき、浅田という後輩が声をかけてきた。
「遅刻厳禁っすよ!あ、でも、早く来るのもナシです!」
そう言うと、立ち止まった俺を追い抜いていった。
「わかってるよ、ディー」
“ディー”とは彼の名前が“大”と書いて“まさる”と読むのを変換したものであり、同時に、彼がデブだったから、俺がそう名付けた。といっても、他の職員でそう呼ぶ人はいなかったが、“自分だけの呼び名”というところに、勝手に親近感を抱いていた。
彼とは部隊は違えど仲良くしていた。二十四歳になる俺の二つ下だから二十二歳だが、まるで見た目はそうではなかった。三十二歳といっても過言ではないように見える。
浅田に言われ、「わかってるよ」と言いつつも、俺はポケットからスマートフォンを取り出してアラームをかけた。
消防署での勤務には慣れてきたとはいえ、ときどき非番の日の夜まで寝てしまう時がある。そういうときは決まって夜に寝れなくなって生活リズムが崩れてしまうことを気にした。
普段から帰っても寝ないようにしているが、今日はそれが理由ではない。
(ピピピ、ピピピ、ピピピ・・・)
冷房の効いた薄暗い部屋にアラームの音が響く。
閉めていた雨戸をガラリと開けると、まだまだ陽は高く登っていて、夕方と呼ぶには早かった。
(そうだ、出かけるんだった)
と思い出して、開けた雨戸をもう一度閉め、部屋の電気をつけた。
シャワーを浴びて、身体にボディスプレーを吹きかける。
リビングのピクチャーレールに掛けてある無地の白シャツを肌着も着ずに羽織った。黒スキニーを履いてから、洗面所に戻る。
短い髪の毛をジェルでガチガチに固めた。少し前まではソフトモヒカンをセンターに集めることしかできなかったが、最近はソフトモヒカンから少し伸びたものを横に流せるようになった。
髪の毛のセットが終わるとシャツのボタンを締める。香水の匂いがキツイのは嫌いだから、名前の後ろに“ライト”とついた香水をワンプッシュだけ吹きかけた。
シャツの袖を肘まで捲くったら完成。
スマートフォンは右の後ろポケット、財布は左の後ろポケット、左の前ポケットにイヤフォンを入れて、右の前ポケットにはジッポを入れた。ベルトループに鍵を引っ掛ける。
目的地の駅には十八時に着いてしまった。
時間を潰そうと喫煙所に行こうとしたとき、遠目に若者の集団が見えて立ち止まった。
(やべ、アイツらだ)
消防士は遠目からでも雰囲気で分かる。体格の良さ、ピチッとしたTシャツ、大きな声、速い歩速、これらは若手消防士の特徴だ。
俺は喫煙所には向かわず、近くにあったテレフォンボックスの陰に身を潜め、胸ポケットにしまってあったアメリカンスピリットを取り出した。葉っぱの部分を軽く揉んでから、右ポケットにしまってあったジッポで火をつけた。
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