B1F:枯れない花の使い方
どうやって生きていけばいいかわからない、と微笑んだ。
そんな顔を見たくない私は目を逸らした。
「どう生きていったらいいのかな」
私の耳は、私の声を覚える気がなかった。彼女の声を聞くのに手一杯だと言えればよかった。ただ、気の利いた返事が出来ない私の失態を覚えたくなかっただけだ。
君の顔は横を向いて、手のアイスクリームは溶け始めている。刺さっているプラスプーンは緩やかになっていく土台に合わせてカクッと角度を変えた。
「やりたいことがわからないの。何かしたいって欲も、お金や物が欲しいって気持ちもない。ただ生きられればそれでいい」
私は何かを言った気はするけれど、手も目もアイスクリームを掬うことに必死だ。彼女の顔は見ていない。否、見る勇気がない。
「ううん……何なら生きられなくてもいいかも。別に、死んだって構わない」
だって、どう返事したらいいのかがわからない。道徳の授業で先生は教えてくれなかった。朝礼しかり、長ったるい校長や教授の話もしかり。死ななくていい、だって生きてたらこんなに楽しいことがあるーーと言えるような経験はしてきていない。そういう経験をあげると言える私ではないし、そうなれる存在も知らない。
「どうしたら、いいのかねぇ」
口に運んだアイスクリームはただただ甘い。人工的ないちごの味で染まっていく。ちょっとした粒を噛めば種のカリッとした食感。
味が消えた時私は何か言ったけれどやっぱり耳は拾わなくて、彼女の「そっか」と言う相槌だけは拾う始末。それに勝手に救われて、今ようやく気付いた周囲の雑踏に耳を傾けることにした。
目の前をたくさんの人が通り過ぎる。そういえば、このベンチにずっと座りっぱなしだった。
「アイス食べ終わったら行こうか」
ようやく聞き取れた私の声。彼女は笑いながらそうだねと返してくれた。その後はいつも通りの会話で、私の耳も彼女の言動も正常運転。
アイスカップを捨てる時、普段はしっかり分別をする彼女が可燃ゴミにまとめて突っ込んだのがやけに気になっただけ。
翌朝、彼女からメッセージが届いた。短い文面には『ドアを開けて』とのこと。言われたように開ければ、外で何かが落ちる音が聞こえる。
下を見ればドアノブにかかっていたらしい、紙袋が横倒しになっていた。黄色い袋を持ち上げれば、中に入っていたのはこちらも黄色いカーネイション。花弁を触ってみれば、布特有のざらざらとした感覚だ。可愛らしい造花の花束に首を傾げて、私はドアを閉める。そこに彼女の姿はなかったし、私も不思議と探す気が起きなかった。
それから、彼女は二度と私の前に姿を表さなかった。
玄関に飾ったカーネイションは、今日も明日も私を出迎えている。
【黄色いカーネイションの花言葉:You have disappointed me.(あなたには失望しました)】
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