6F:ほんと、最低な××だこと。
目が覚めた。スマホをつければ夜中の三時。体を起こせば軋むベッド。あたしのよだれがついた枕を横目に見ながら、ワンルームの狭い敷地に足を下ろす。
廊下にポツンと置かれたキッチンの横には薄ピンクの小さな冷蔵庫がある。そこを開ければキンキンに冷えたソーダがこんばんはと挨拶をしてきて、あたしは缶の冷たさに目を覚ましながらおはようと返した。
戻った先のベッドに今度は座り込み、ベランダと繋がる窓を開けた。網戸に切り替えれば、夏とは思えない心地いい風が頬を撫でる。熱帯夜とか言ってたじゃん、と夕方のニュースに悪態づくまでがセット。
ついでにやなことも思い出しちゃってため息もついた。本当なら今頃、あたしは彼と気持ちいいキスをしてたっぷりと愛されて、一緒に眠って夜明けを待っていたはずなのに。朝起きたらおはようのキスをして、されて。牛乳に浸したパンでフレンチトーストを作って、はちみつでハートなんか描いちゃって。それがなんでこんなにひとり寂しい夜を過ごさなければならないの?
ソーダをグイッと煽って飲めば、喉を強い泡が攻撃してきてあたしは咳き込んでしまう。喉を押さえて「あー」っと一言。ダミ声だったけど、多分これは寝起きだから。
なんか全部虚しくて気を紛らわせたくて、夜風に吹かれながらぼんやりと外の景色を眺めることにする。大きな公園近くに借りたこの部屋は、夜になるとやけに静か。たまーに不審者に遭った女子高生や、酒を飲みすぎた社会人の叫び声が聞こえるくらいで、それ以外は別に問題はない。いたって平和で、百万ドルの夜景とかいうものとは程遠い暗くて静かな場所。
彼が静かで落ち着くねって言ってくれた場所。昼には木漏れ日と子どもの声っていいねって、夜には世界に君と僕だけみたいで落ち着くねって頭を撫でてくれた場所。
肩を何度も抱き寄せてくれた。その時はいつも左肩へ手を回してくれることを思い出して、左肩を撫でれば彼の手に思えて。何だか心臓がぎゅっとなる。
「……あーあ」
相変わらずあたしはダミ声で彼は来ない。今日来るって言ってたくせに、仕事が長引いて会社泊まりとか大嘘つき。
大変だね、お仕事頑張って、ってラインしたけど知ってんだからね。浮気相手のとこにいったこと。
別れてやる気なんかないから、言ってやんないけど!
ソーダをググッと一気飲み。喉は痛いし胃はびっくり、でも一番は胸が痛い。缶をゴミ箱へシュートしたけど綺麗に外れて、あたしはちくしょうと呟きながらベッドへ思い切り倒れ込んだ。
今日はお役御免だった子宮が疼く。寝返りを打てば、入ってきた風に耳をいじられてゾワゾワする。こんなんになっちゃあ、もう眠れるわけがない。
スマホから適当に音楽アプリを引っ張り出して、好きな曲を流すことにした。もう眠れないから、ちょっとハードでロックな恋愛曲。
「……ほんっとサイテー」
あたしより浮気相手を取ったあいつも、浮気相手も、捨てようと思えないあたしもみんなマジ最低!
明るいスマホの画面を消した。オフラインで音楽が流れる中、あたしの目に光ったものは月の反射ってことにした。
まぁ、今夜は月なんて出てないけどね。
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