RF:みぎわまさる、ゆめうつつ
「君には幸せになって欲しいの」
穏やかに笑っているのは、当時の友人だった。それは彼女が好きだったマスコットを動かし、年甲斐もなく即席の人形劇を行っている時だった。
「幸せになって欲しいんだぁ。好きな人と付き合って、結婚して、子どもなんか産まれちゃって。男の子でも女の子でも、ものすごく可愛がるんだろうなぁ」
文化祭で迷子になった子の面倒、凄い見てたもんね?
うさぎのマスコット越しに彼女が笑う。僕の持っているクマへぶつかった白くふわふわなうさぎは、そのままそそくさと離れて彼女のスクールバックへ隠れた。
「だから卒業した先で幸せを掴んでね。あたしね、それだけ願ってるから」
決して綺麗とは言えないスクールバックに顎を乗せて彼女は笑う。小学校からの幼馴染ゆえの陳腐な遊びと言葉。僕は当時その程度にしか捉えていなくて、そうだねと軽く返事をして終わらせた。
……こんなことを思い出しているのは、暑さにやられたからかもしれない。目を閉じ、深呼吸。今の二十代後半の俺へ思考を戻し、妻や娘の顔を思い出して目を開けた。
揺らめく熱風、周りに立ち並ぶ石の山、俺の目の前にある彼女の墓石と萎びた花束。
視線を少し上げれば蜃気楼の様に墓石に座り込む、当時と変わらぬ彼女の姿。
やっぱり、暑さにやられているのか。当時より毛が濃くなり肉がついた手で俺が汗を拭けば、彼女はそれを静かに見守っている。彼女の墓石へ水をかければ、当時ホースでふざけ合った時の様にセーラー服を濡らして笑う彼女がいる。
随分としっかりとした幻覚だ。日陰に移動した方がいいのかもしれない。首を振り、濡れタオルを頭に乗せた時
『君には幸せになって欲しいの』
冷たい風が耳元を擦り、当時と変わらぬ声が囁いた。反射的に顔を上げれば、墓石の上で変わらない笑顔の彼女。
『幸せに、なったねぇ』
進学で道を別れてから、事故で亡くなったという彼女。
そんな彼女をひとり置いてけぼりにして、幸せになった俺。
君は大往生できなかったのに、ひとりのうのうと生きる俺を恨んだっていいのに。
ーーなんだって、嬉しそうに笑うんだよ。
乾ききっていたはずの体がなけなしの水分で涙を作る。涙はどんどん溢れ続ける。君の今の住処を濡らしてしまう。先程入れ替えた花が水を得て輝いている。
汀まさる僕の前、君は汀まさる笑顔で笑っている。
本当に、君は綺麗に笑う人だ。
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