B1F:アリア

「また会えるよね?」とあの子は言った。


「君が望むなら」と私は答えた。


嬉しそうに笑う彼女を、私はただ見つめていた。


ガタンゴトン、電車の走る音が鳴っている。あの子の背後で私の前。自動の安全柵を越えた先。人類の勝ち取った速度で走るこれが、数分後に来たらどうせこいつは乗るんだろう。今は私の手を名残惜しそうに握っている、小さな手を優しく解いて。


その手をじっと見る。逆に言えばそこ以外見ることができない。見落とせば嫌でも映り込む、新天地でも活躍する使い古したスニーカーも見ないふり。次の電車の到着を知らせるアナウンスも知らんぷり。


どうせあと数分後に私のものじゃなくなるし、この場所にも帰ってこない。だったら数分くらい、私だけの世界に閉じ込めてもいいでしょう?


電車の音が聞こえる。どんどん、近づいて大きくなる。私の手の力が強くなる前にするりと逃げ出す彼女の手。ああやっぱり、あっさり離れる小さな手。


安全柵と電車のドアが開く。ただの一般車両に鈍行列車。一分にも満たない乗り継ぎ時間に飛び込む足は躊躇いなく、目には涙もない。手すり近くに立ったあいつは大きな荷物を足元へ置き、また会おうと手を振った。


ドアが閉まる。何か言っている彼女の声は聞こえない。私はただ手を上げて、振るところまではいかなかった。


ガタンゴトン、電車が動く。彼女の姿はあっさりと見えなくなる。最後尾の車両が通り過ぎる。目は見送ることすらできなくて、ただ反対ホームの駅名を見つめるだけだった。


アナウンスを何回も聞き送った頃、今更涙が溢れて止まらなかった。口は嗚咽を吐いて、しょっぱい水を飲み込む。力が抜けてしゃがみ込んでしまっても、誰も声をかけられないほど無様に年甲斐もなく泣き散らす。きっと人生最後になるあの子の名前を呼べば、答えるように鳩が鳴いた。


空の大きさを知った鳥は、嵐の中へ戻らない。


井の中の蛙は、大海に出れば井戸へ戻れない。


ああ、××。ちっぽけなこんな町なんか。


私なんか、さっさと捨てて幸せになりやがれ。






【スカビオサの花言葉:私は全てを失った、不幸な愛】

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