7F:10cm高い僕が羨ましい

「私は好きだよ」


地面に溢すように呟いた女の子がいるのは、全てのパフォーマンスが終わったライブハウスだった。ステージが見えやすいように一段だけ高くなった客席に座り込んでからの一言だった。


ステッカーやチラシ、スプレーでの落書きが打ちっぱなしの壁を飾っている。箱の中には小音量のBGMと片付けをするスタッフの動きと声だけが響いていた。さっきまでの大音量が引いた世界に取り残された僕たちには甲高い耳鳴りが残っていて、それが彼女の声を悪戯に遮っていく。


「特に二曲目……かな。あの、ギターソロで始まるやつ。好きだった」


「ありがとう」


「うん、でも君たちの次のバンドも好きだったなぁ。曲が全部明るくて、明日も頑張ろ〜って思えるタイプ」


「あぁ、あそこ人気だよね。最後演れるくらいだし」


「うん。チラシ貰った時ね、地味に楽しみだった。君たちよりかもしれない」


指先でふちを掴んでいるプラコップは、中に残っている液体を揺らした。ワンドリンク制のここで一体何を頼んだのか気になって、透明なコップを気づかれないよう見れば


「それでも好きだよ。君たちの曲」


「えっ」


突然刺さった褒め言葉に動揺を隠せなかった。


なんで驚くのとカラカラ笑えば、中の氷もカラコロと鳴る。液体はオレンジだった。汗をかいている安っぽいコップを撫でた彼女は、尻と空いてる手で少し後ろへ下がり体育座り。立ち上がった膝に柔らかい頬を乗せ見上げてきた。


今更気づいたが、ライブの熱気に当てられ顔も剥き出しの肩も火照っている。軽く息を吐く動作すらどこか妖艶で、僕が唾を飲めばどーしたの、と軽い口調の疑問が飛ぶ。


それに当たり障りのない返事をして、これまた当たり障りのない、けれど確実に続く問答を繰り返した。


なるべく彼女との時間を繋げたかった。もうライブは終わったのだ。十センチほど高いステージに、僕はいない。


ステージから降りた僕は、アフターなんて考えられるほど、バカになれない。




【カンパリソーダのカクテル言葉:ドライな関係】

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