7F:酒のつまみになるならば
ファミレスで色々なものを頼んでシェアって楽しいよね、と嬉しそうに話すのは職場の同僚・真山育(まやまはぐ)だ。
生返事をしてしまったのが最後。珍しく定時退社ができたと思ったのも束の間、ファミレスへ連行された若槻睦月(わかつきむつき)はこれ見よがしなため息と頬杖をつく。固く冷たいテーブルを指先で叩けば、綺麗な形の爪がリズムを刻んでみせた。
若干早足のビートが苛立ちを伝えている事実に気づかないのか、真山はメニュー表から顔を上げると
「僕はカルボナーラとマルゲリータ食べたいかも。あとチーズインハンバーグ。若槻は?」
「酒」
「と、ソーセージ? あ。アヒージョもいいね」
「……つーか俺、夜そんな食わねえのよ」
首筋に手を当て、筋を伸ばせば音が鳴る。そのままの姿勢で、ワックスで固められた黒髪の隙間から白群色の瞳で見やる若槻。逃れるように、真山は自身の自然体ーー悪くいえばぼさくれたーー黒髪とメガネ越しの玉子色の瞳をメニューに隠し
「お酒ってビール?」
「ここワイン置いてなかったっけ。ワイン」
「OK。赤と白、どっち?」
「赤。お前肉ばっか頼む気だろ」
「バレてた?」
メニュー表のハリボテに隠れた顔が上がる。悪戯がバレた子どものように目を細める真山に嘆息をひとつ溢すと、若槻は指先のテンポをやや緩め
「そもそもシェアすらする気ねえくせに」
「だって若槻食べないじゃん……」
「素直に言え。大量注文する理由が欲しかっただけだって」
しばしの沈黙。俯く真山に流石に言いすぎたかと罪悪感を抱く気持ちは、若槻には微塵もない。性格がよろしくない彼は、頬杖をついていない左手で注文もしていない架空のワイングラスを揺らすような動作をしつつ
「成人男性二人っていう言い訳が欲しかったんだろ?」
「……、」真山は顔を上げると、それこそ心底楽しそうに「だいせーかい」
「……お前もなかなかな性格してるよな」
「若槻を言い訳に付き合わせてること? ごめんとは思ってるから、ここは全部僕持ちだよ」
「当たり前だ。俺はワインと何かつまみがあればいいから好きに選べ」
「りょーかい」
ようやく動けると言わんばかりに、楽しそうにタッチパネルを押す真山の指先を目で追う。カルボナーラにナポリタン、ハヤシオムライスにマルゲリータ。BLTサラダ、ソーセージとポテト盛り合わせ、アヒージョと来て締めのチーズインハンバーグとドリンクバー。
全てのボタンを押し終えた真山は、若槻に目配せをしてから注文ボタンをタップする。
それを黙って眺めていた若槻睦月は、口元の緩みを隠すように頬杖の位置をずらした。厨房でオーダーを受けた店員の顔が、半信半疑や驚愕に染まる未来を考えるだけで、大変愉快極まりない。
彼は思う。こいつが綺麗さっぱり頂く様を、全員揃って驚けばいい。それを肴に酒が進むのが楽しみだ、と。
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