2F:俺らは色がわからない
離十弥子には色がわからない。彼女には赤色がわからない。
「元からわからないものを羨む気持ちは持っていないから」が、彼女の口癖だ。
なのにーーというのはおかしいのかもしれないが。彼女は今日、赤色のスカートを履いていた。
こんなことを言っていいのかわからなかったが、気になってしまってはしょうがない。語彙力がないなりに言葉を慎重に選び、彼女の名前を呼んでから
「今日のスカート、真っ赤なんですね」
不思議そうに、あるいは意外そうに目を数回瞬かせる十弥子さん。金色の垂れ目が黒い睫毛と白い瞼の下、消えたり現れたりを繰り返す。それが落ち着いたと思ったら、今度は口に小さな手を当てまぁ、と一言。
「これ、真っ赤なの?」
「……ええ」
「お母さんが似合うわって言うから気にせず履いてきちゃった。でもそう。真っ赤なのね」
童話のどこかのお姫様がやりそうな、スカートを摘んで持ち上げる動作がやけに似合う先輩だ。真っ黒な髪は腰まで綺麗な光沢で、風を受けてふわりと広がっていく。
「ねえ。色波くん。真っ赤なスカート、似合ってる?」
薄桃色の口が俺の名前を呼んだ。ハッとして顔を見やれば、スカートを摘みながら問いかける十弥子さん。前方を摘んでいた手を一回離し、左右を今度は手のひらで持ち上げる。真っ白い足首が持ち上がったスカートから現れた。
「似合ってる?」
もう一度問いかける十弥子さん。俺はなんて言っていいかわからず一回視線を逸らした。脳内で組み上げた十弥子さんは、真っ白なフリルシャツと真っ赤なスカート、黒と白のパンプス。ショルダーバッグは合皮の黒。
目を向ければ、脳内の十弥子さんと全く同じ格好の彼女が出迎えた。首を傾げ、辛抱強く待つ彼女へ
「……十分お似合いです」
「そう。それならいいわ」
決死の覚悟で伝えた感想を受けて、嬉しそうな十弥子さん。鼻歌を一節歌うと、踵を返し歩き始めた。
「貴方達から見て変じゃないなら、それで」
貴方達というのはきっと、普通の感覚で色を見ることのできる人だろう。嫌味ったらしくなく、ただ当然の事実として話すのが十弥子さんだ。
その言葉にはっきりと一線を引かれた気がして、俺は静かに視線を落とした。
視界の上方、嘲笑うように真っ赤なスカートが揺れ動く。
俺たちには、離十弥子にとっての赤色がわからない。
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