6F:ちりん、りりん。

「見て! 風鈴!」


静かな視界に急に現れた物体と女の子の姿形。上体を逸らし逃げれば、灘羅くのちゃんは楽しそうに笑っている。


見ているだけで汗ばみそうなほど眩しい、太陽に近い赤髪の女の子。笑顔も髪も、輝く目も夏の日差しに負けない人。夜にしか生きられない僕には、とても眩しすぎる女の子。


床に座っている僕の横で、堂々と二人がけソファに寝転んでいた美宏さんは揺れる長方形の紙を指先で突いている。それを見ながら僕は


「風鈴……だね」


「うん、風鈴。時雨くん見たことないかなぁって思ってね、買ってきちゃった」


「さすがに見たことはあるよ」


「うーん、でも音は近くではないんじゃない?」


こういうのって最近見かけないから。そう続けてから、美宏さんの手の動きに合わせてひょいっひょいと猫じゃらしのように動かす姿は無邪気以外の言葉が思いつかない。


ちりんちりん。ちりりん。確かに言われてみればこの音はあまり聞き覚えがなかった。逃げてた上体を前に戻すと、くのちゃんは嬉しそうに風鈴を掲げる。


「知ってる? 風鈴ってね」


透明のガラスをつけば、軽く音を鳴らす風鈴。色は蛍光灯に反射して全く見えない。それに気づかないくのちゃんはそこを指しながら嬉しそうに


「ここが外身」


続いて、紐に結ばれている不思議な小さな筒に移動して


「こっちは舌。ベロって書いてぜつ、ね」


一番下の薄っぺらい紙を突いてみせた。


「それで、これが短冊」


「へー……」


「うん。で、これね、時雨くんの目の色できれいだなって買っちゃったの。事務所に飾ってもいい?」


突然近づいた風鈴に最初は焦点が合わなくて、距離をとりながら何度も目を瞬かせてようやくわかる。それが僕の右目の青が短冊に、左目の黄色が外身というところに染まっていること。黄色い世界の中、青と黄色の目の僕が映り込んでいること。


あまり好きじゃない僕の色違いの目。バレそうな速度で目をそらすと、美宏さんが今日初めての声を出す。


「いいんじゃない? 俺、時雨の目好きだよ」


ソファの上で体を転がし、胸元を下にした美宏さんはもう一言。


「そもそも所長の俺に聞いてよ」


むくれた様子で足をパタパタと動かす行動に僕とくのちゃんが目を合わせて思わず笑えば、あの子の手の風鈴がちりんと鳴った。


僕と同じ色のくせして、きれいな音で鳴りやがる。

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