4F:人生を語る態度を学べ
「"If you’ve never eaten while crying you don’t know what life tastes like."」
「……なに、急に」
「んー? ちょっと思い出しただけ」
紅茶を淹れる手を止め振り返ると、座椅子に極限まで持たれ掛かった男が余裕をぶっこいていた。普段から迷惑をかけられている彼女の手元、行き場を失った怒りが震えとなってカップを揺らす。
顔を覆い隠す面のような紙切れが余計世界を茶化しているようで嫌悪感が急上昇。このままの勢いで湯を頭からぶっかけてやろうかと算段するのに気付いたのか、男は「美斗」と彼女の名を呼ぶ。
「僕暑いの苦手」
「最低。最悪。黙れ、座るしか脳のないクソジジイが」
「ねえ、僕って美斗と同い年だと思うんだけど? それだと美斗もおばーちゃんにならない?」
「あたしはババアって年齢になっても美魔女よ」
「まあ確かに美斗は美人のまま行きそうーーってそうじゃなくて」
仕切り直すような咳払い。それにようやく止まった怒りの震えにおぉ怖い、と呟くこいつは誰が息の根を止めてくれるのか。なんなら今すぐ止めてやろうかと、掌を開いたり閉じたりの準備運動を始めた美斗へ
「『涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の味はわからない。』だって。かのゲーテの言葉」
「だから……」呆れを混ぜ込み「それがどうしたっていうのよ」
男は座椅子の背もたれから体を離す。無駄に長い指先を神へ祈るように絡め離す様は、天窓から差し込む陽光も相まって美しいことだろう。最も、人の神経を逆撫でる態度と顔の面さえなければの話だが。
「人生、不幸も涙も無意味じゃないんだよね。問題はそこからどう立ち上がるか」
突然始まった真面目な口上に行き場を失った美斗の手はグーとパーを静かに繰り返す。そういえば人間を殴るときは中指を出すんだっけと思う中
「涙をジャムにするのはいいけれど、僕は塩っけ高いパンよりリンゴとかママレードの方が好きだなぁ。やっぱり最後は甘いパンで締めれるようにしなきゃ」
母指は外へ出して中指を立ててーーと、対不審者への握り拳を整える美斗には、流石に面が邪魔で気づかないのか。そろそろあの二人がパン買ってきてくれるかな、と邪気ない喜楽を混ぜた声音の男は背もたれに存分に寄りかかった。首を天井へ向けて倒し、椅子を回転させて彼女へ背を向けると
「ねえ美斗、ママレードに合う紅茶淹れてよ」
こんなことを言う男、今すぐこれで殴り飛ばして涙味のパンを食べさせてやろうか。
睨む彼女の思いを察したように、飄々とした男はそういうとこも好きと愛を囁いた。
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