7F:フローズンレディ

俺の前にはテキーラサンセット。頼んだ覚えのないカクテルだ。


仕事の疲れから寝惚けて頼んだと思ったが、ある程度カクテルを理解している俺がクーラーに冷えた体でこれを頼むとは思えなかった。氷の島が浮かぶグラスを前に、思わず首を傾げてしまう。


足の形状に合わせて段々と底の深くなるフローズンカクテルグラス。ピンクとオレンジの間にいる淡い色を蓄えた氷はグラスの縁より少し高く盛られている。スライスレモンと二本のショートストロー。度数がばかに高いわけではない、テキーラベースのカクテルだ。


不思議がる俺を見かねたバーテンダーの手に促されるままそちらを見れば、一人の女と目が合った。穏やかに目元を細めた女だった。


少し乱れつつもアップにまとめられた黒髪の団子や控えめな化粧は直帰しそうな生真面目さを匂わせる。その印象を裏づけるような右脇に置かれたグレーのビジネスバック、女性らしい白いレースのトップスにタイトな黒スカートという格好だ。男にきっかけと油断を与えなさそうな女。


ただ、よく見れば、高級店のシューズケースが少し寄れたビニールバックの中でバッグにもたれかかっていた。彼女の足元は今の格好に合わないほどメタリックなオレンジ色のハイヒール。彼女の顔が動いて暖色の光が離れれば、控えめな化粧の中真っ赤な口紅が引かれていることにも気づけてしまう。


まるで、制服を脱いで夜を遊ぶ少女のような。


飛んでいく思考を呼び戻すように、その女は手元のワイングラスの縁をなぞった。よく見ればその手は綺麗なネイルが彩っている。それを静かに目元へ近づけてから、橙色の光を乱反射する黒目を逸らした。


持ち上がった右手は、目尻を拭う動作をした後に指先をカウンターへぴんと伸ばし、そこについた雫がゆっくりと落ちていくのを静かに待っている。


上品なパールのネイルを伝って雫が落ち、カウンターへ小さな水たまりを作った。それと同時に彼女は顔を上げると、行き場を失った右手で頬杖を突く。


仕上げというように仄かに笑みを浮かべられてしまえば、もう、どうしようもない。


先程のテキーラサンセットを持ち、立ち上がる。グラスの足先を持ったつもりでも、時間経過と俺の熱で少し溶けたフローズンアイス。俺が隣に座るより先に、その天辺を少々頂く様は誘惑的だった。


「この意味、分かっててやってます?」


開口一番、女は組んだ両手に顎を乗せ


「何も知らずにプレゼントする女はいないわ」


ほんの少しだけ、頭を寄せてきた。





【テキーラサンセット:カクテル言葉「慰めて」】

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