@BombOmboM

ああ、もう死んじゃいたいな。

友人も生きがいもない。生まれたときから親はいない。孤児院で育って学校では毎日いじめられて、それでも見返してやろうと思って一生懸命勉強して大学に行ったのに、やっとのことで就職した会社はブラック企業だった。週7で勤務して体はぼろぼろ。成績を上げたって手柄を先輩に取られて部長に叱責される毎日。もうどうでもいいや。どうやって死のうかな。首吊りは死んだ後が汚くなるらしいから嫌だな。飛び降り自殺は高いところが怖いから無理。電車に轢かれるのも僕の知らないたくさんの人に迷惑かけちゃうから嫌だな。練炭自殺はめんどくさいし。そうだ、海にしよう。綺麗な景色見て死んでいけるとか最高じゃん。

僕は久しぶりに10時に起きた。朝日ってこんなに眩しいものだったんだ。毎日日が昇る前に出勤してるから、忘れてたや。携帯を見ると会社から5分に1回電話が来ていた。また来たけど、すぐに切って携帯の電源も切った。遠くに行こう。そう思って電車に乗った。平日の昼間で電車の中は僕と90代くらいのおばあさんだけだった。

「これからどこにいくの?」

ゆったりとした口調で突然話しかけられた。

「これから実家に帰るんです。久々に休暇がもらえたのでゆっくりしてこようと思います。」

10割嘘で固めた返答におばあさんは微笑んだ。

「そう。ゆっくり休みなさいね。あなた疲れてるみたいだから。」

おばあさんは僕に飴を渡してゆっくりと降りていった。僕は少し泣きそうになった。

海に着いた。遠くの海に来たから、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。綺麗だなあ。僕は最低限持っていた荷物を捨て、靴と靴下を脱ぎ海の中へと歩き始めた。海は空の色に染まってオレンジ色になっていた。

ちゃぷん。

僕は海の中に入った。深いところへどんどん進んでいく。海面が胸の高さになった。すると急に足元の地面がなくなった。

ざぶん。

僕は沈んだ。水が僕の体の中に入ってきているのがよくわかる。綺麗な歌が聞こえるなあ。なんだか眠たくなってきちゃった。

僕はそこで意識を手放した。








何かぬめぬめしたもので顔を叩かれる感覚が僕の意識を少し覚醒させた。

「起きてください、起きてくださいってば。」

うるさいなあ。せっかく気持ちよく寝てるんだから起こさないでよ。僕は疲れてるんだ。

「起きてくださらないと私が怒られてしまいます。いい加減起きてください!」

どん!

ベットから落とされて僕はやっと目を覚ました。僕を起こしたのは大きな亀だった。


は?


なんで亀?ていうかここどこ?僕は死んだんじゃないの?水が体にまとわりついているが息はできる。

周りを見渡してみると、浦島太郎に出てくる竜宮城というよりは某映画に出てくるお城が窓らしきものの外に見えた。

「ヒメサマがお呼びです。ついてきてください。」

状況を飲み込めず唖然としている僕を亀は引っ張って“ヒメサマ”のところに連れて行った。

亀に連れてこられたのは今までに見たことがない広間だった。映画の中の世界みたいだな。とか思いつつ亀に引っ張られるがままに動く。周りにはずらっと兵隊が並んでいる。ただ、兵隊たちの足は

「ヒメサマのおなーりー」

僕の足とは違い尾びれがついていた。

出てきたのは藍色の髪で肌が白く僕が今まで会った人たちの中で1番綺麗な女性だった。ただし、兵隊たち同様足の代わりに尾びれがついている。いわゆる、ここは“人魚の国”だった。

「これからあなたを人間界に送り返します。あなたにはここのことを全て忘れてもらうために薬を飲んでいただきます。」

なんで。

「なんで僕を助けたんですか。」

「何かおっしゃいましたか?」

「なんで、僕なんかを、助けたんですか!?やっと死ねる、やっと楽になれると思ったのに、またあの地獄へ戻れとあなたは言うんですか!僕は、僕は、もう限界なんです。ここにいてはいけないとみたいないうのなら僕を殺してください。どうか、どうかお願いします。」

広間には僕の叫びだけが響いた。僕は死んでしまいたいんだ。もうあの地獄には二度と戻りたくない。

「ホウ、」

「なんでございましょう?」

「このお方を私の部屋に連れてきなさい。」

「御意。」

我に返って途端に恥ずかしくなった。大人になってまで情けない。自分の言動を反省しつつ僕をここまで連れてきた亀の名前が“ホウ”だということを頭の隅に置いた。

“姫さま”はいつのまにかいなくなってしまった。ホウに引っ張られて僕は広間を後にした。


「君はホウっていう名前なんだね。」

「はい!私はホウシャガメという種類の亀なのでそこから姫さまが名付けてくださいました。自慢の名前です。」

ホウはとても嬉しそうだった。僕はホウに色々なことを聞いた。ここは人魚の国であること、水難事故にあった人間を助けて人間界に送り返していること、送り返すときに記憶を消す薬を飲んでもらっていることなどなど。

「薬ってなに?」

「人間界にあるいわゆる“麻薬”の類のものではなく我ら人魚の国1番の薬師が作ったものでございます。安全性などはバッチリです。」

僕はほっとした。麻薬なんか飲まされたら溜まったもんじゃない。成分とかは気になるところだがもはやこの国自体がファンタジーなので無視することにした。

色々話しているうちに姫さまの部屋に着いた。

「姫さま、ホウでございます。お連れしました。」

「入りなさい。」

改めて綺麗な声だなと思った。意識を手放す前に聞こえた歌の声と似ている気がした。

「先程は取り乱してしまいすみませんでした。」

「こちらこそ、あなたの事情も聞かずにいきなりあんなことを言ってごめんなさい。よろしければ何があったのかお聞かせくださいませんか?」

僕は何があったのか全て話した。会社でのこと、小さい頃のこと、両親のこと、全て。

2時間ぐらい経っただろうか。

「だから僕は死にたかったんです。」

そう言って僕は自分のつまらない身の上話を締めくくった。僕は泣いていた。自分がいかに情けない人生を歩んできたか人に語ることで自分の中で鮮明になった。

姫さまもホウも泣いていた。

「こんなにひどいなんて。無責任に『送り返す』などと言って本当にごめんなさい。」

彼女は目を潤ませて謝った。彼女の目はとても綺麗で明るい青だった。

僕は余計に情けなくなった。女の子を泣かせ、謝らせて、本当に情けない。彼女は僕の方を見ていた。あの明るい青の彼女の目で僕の心が見透かされているみたいで少し怖かった。

「もし、人魚になってこの海で生きることができると言ったらあなたはどうしますか?」

寝耳に水だった。

「そんなことが可能なのですか?」

「時間と手間が少しかかりますが可能です。もしあなたがこの申し出を断るならあなたを人間界に送り返さなければなりません。あなたの話を聞いた以上私はそれだけは避けたいのです。」

「でも僕はそんなに良くしていただいても返せることが何もありません。」

「では、人間界について王宮や国の学校でお話しすることを対価としてはどうでしょう?」

「そんなことでいいんですか?」

「私たち人魚は陸へ出られません。はるか昔、陸に出た私たちの仲間は不老不死の薬だとか言って人間に捕らえられ、食べられてしまいました。それ以来私たちは陸に出ることをやめ海の中で生活し独自の文明を築いてきました。」

「じゃあ、なんで先祖の仇である僕を助けてくれたんですか?」

「人間と人魚が戦った場合、1対1で素手なら必ず人魚が勝つからです。万一あなたが世界最強の人間だとしても人魚には勝てません。」

人魚の歴史を語ったときとは一転、彼女は冗談めかして言った。彼女はいたずらっ子のような顔をしていた。

「どうしますか?」

彼女は僕に微笑んだ。

「お手数おかけして申し訳ありません。お願いします。」

僕は即答した。彼女は可愛らしい笑顔見せた。

「とりあえず、今日は疲れていらっしゃると思うのでゆっくり休んでください。明日からよろしくお願いします。」

そう言うと彼女はホウに僕を部屋に連れて行くように指示した。

「姫さまは優しい人だね。」

そう僕が言うとホウは目を輝かせて嬉しそうにしていた。彼女がどんな人物なのか、ホウはたくさん僕に教えてくれた。たくさん笑って幸せな気持ちで寝た。こんな気持ちで寝るのはいつぶりだろう。


夢を見た。小さい頃の夢だ。孤児院のみんなで海に遊びに行った。キィという苦しそうな声がした。声の方に行ってみると亀がいた。小さい亀だ。岩に引っかかって海に戻れないようだ。僕は海に戻る手伝いをしてあげた。亀の甲羅は海の青と混ざって綺麗に見えた。綺麗な青だった。姫さまの髪の青と目の青によく似た色だった。


「起きてください。朝でございます。」

僕はホウに起こされた。1回目の目覚めよりも快適な目覚めだった。

「ホウ、おはよう。」

「おはようございます。良く眠れましたか?」

「おかげさまで。すごく気持ちよかったよ。」

「それはよかったです。これから朝食になりますので着替えてください。」

ホウに渡された服は豪華すぎず普通すぎない服だった。海の中でも動きやすいように工夫されている。

ホウは僕の部屋に朝食を持ってきた。海の中なのに暖かいご飯でびっくりした。どんな原理なんだろうか気になるところだが、ファンタジーの世界だから無視した。それにしても美味しい。手料理自体もう何年も食べていない。なんなら暖かいご飯も。社会人になってからはご飯は食べないか簡易栄養食ばかりだ。

「美味しかった。ごちそうさま。」

ホウは満足そうだった。

「てっきり残すかと思いましたが全部食べてくださって嬉しいです。」

ホウは僕に正直に言った。2人で笑った。

ホウに連れて行かれて姫さまの部屋に行った。今度は自分で泳いだ。

「今日は姫さまに人間界についてお話ししていただきます。」

僕は姫さまの部屋で色々なことを話した。社会がどんな変化を遂げたか、車や飛行機や携帯のこと、昔にはなくて今発展したからこそあるものの話をたくさん伝えた。姫さまの表情はコロコロ変わって本当に可愛らしかった。

「実は私一回だけ海から出ようとしたことがあるんです。」

姫さまは僕に打ち明けた。

「もしかして、陸に出る時に人魚は亀に変身するんですか?」

「ええ。昔あなたは私を助けてくれました。だから今度はあなたの命を助けたいと思って送り返そうと思ったのですが、送り返さない方があなたにとっては救いだった。だから私は選択肢を提示したのです。普通の人なら海底の国に連れて行かずそのまま送り返します。昔私を助けてくれたあなたがどんな人物だか知りたかった。だから私はあなたを海の底にお連れしたのです。」

やっぱりあの亀は姫さまだった。あのとき助けてよかったと心の底から僕は思った。


体感で3日ぐらい過ぎたとき、薬ができたとの連絡がきた。僕は薬師のところに行って薬をもらった。その場で飲むように指示されてその場で飲んだ。飲んだ瞬間足に激痛が走った。痛みのあまり僕は意識を失った。


目が覚めたら姫さまとホウが僕の顔を覗き込んでいた。

「無事、人魚になれたようですね。」

そういうと姫さまは僕に鏡を渡してくれた。僕の目の色は空色だった。髪の毛は瑠璃色だった。綺麗な青だ。自画自賛をしてしまうほど綺麗な色を持って僕は生まれ変わった。



この美しい青の世界で僕は一から人生を始めよう。

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