第2話

躁鬱病との診断を受けて25年。2度の自殺未遂。僕はそれでも家庭を持った。そして14年でその夢は海の藻屑と消えた。洋子との間には16才になるゆきという娘がいる。


洋子とゆきと住んだ家を出たのは昨年の雪が降った12月のことだ。僕の財布には1万円札はなく、7、8千円程度。昼間に疲れた体を風呂で温めて銭湯の脱衣所の椅子で泥のように眠った。そして新大久保の格安の宿をキープして鍵をもらうと、僕は夜の街に出た。

この街にはやたらと韓国料理の店が多い。何故だかは分からない。調べるにも値しない街だとは言わない。しかしあまり知りたくもない過去がある街並みは何か後ろめたいものがそこかしこに散りばめられてるようにも感じた。


新大久保から山手線に乗り、新宿の夜を味わおうとわんさかと人が集う。

いかがわしく皮肉っぽいネオンが街並みを彩る。


ここ歌舞伎町には先生と呼ばれる謎な老人と来て以来だ。

先生は

「君にとってのおらあ人生の師匠だ」

と勝手にいうが、僕はその単なるアル中の言葉をろくに覚えていない。

先生はこう曰う

「なあ、健さん洋子のことは忘れてくれ!元々は俺の女だ。」

自分の娘をそういう彼はまあ、70歳にしたら可愛いとは思った。今となっても相変わらず憎めないが彼は本当に困りもんだとも言える。

洋子はよく先生が僕を連れてく赤坂にある料亭の先代の女将との娘だ。今の女将は洋子の双子の姉だ。


「鎌倉で骨董屋をやっているのは表向き。

実は闇の世界を牛耳ってるのが先生よ」

とかなんとか赤坂の料亭の女将は言った。

女将も女将で元々その料亭は右寄りの政治家の集まる場所としてある意味開店資金から何からパトロンの総理大臣が出したものだったらしい。まんざら嘘でもないような女将の口ぶりだが。どこにそんな荒唐無稽な話があるんた?そして何故僕にそんなことを語るのか?さっぱりわからない。

「世の中右も左もないのよ。ただ私は龍さんが好きなだけ。先生は龍さんの未来が見えるの。いつその運命が尽きるかを知っているの」

「龍さんてのは総理のことですか?」

「そう。わかるでしょ?」


先生は笑うと顔がくしゃっとなる。見れば見るほどおかしな眇めの老人は女に懐くのも早い。

毎晩違う女の乳房を愛するのが趣味だとか?

笑ける…ふぅ。

こんな老人が元の義理の父親だとはいえ、元々飲み友達なのだから参る。僕の女癖の悪さも知った上で洋子を僕の嫁にと言ってきた。

躁鬱病の治療もままならない僕の元へ嫁がせようとするわけだったが、ある資金を流せばお前らの生活は困らないと先生は言った。


僕は今日もいつものバーのカウンターに座り、こんな落書きを書いて酒をのむ。


この幾とせは井戸の中

僕は途方に暮れていた

こうべを垂れてじっとして

身動きすらも取れないで

涙すらも忘れてた


ちっちゃい頃には手を取って

一緒にブランコ砂遊び

さくらは咲いているだろか?

娘の幻追いかけた



夏場のひまわり太陽も

そして綺麗な虹さえも

曇った眼(まなこ)にゃ届かない

止まった時計を眺めては

逆に回してただそこで


ちっちゃい頃には追いかけて

パパパパ言って肩車

さくらは咲いているだろか?

娘の幻追いかけた


時に運命(さだめ)は残酷すぎて

閉じた蕾は硬すぎて


でもね海には夕凪が

虹の向こうにゃ輝きが


冬枯れ大地に凍えては

僕は心を閉ざしてた

こころのドアを閉ざしてた

厳しい冬を越したなら

心に春はやってくる


そしてここには見えたんだ 

大地にしっかり根を張って

閉じた扉が開くこと

いつか蕾が開くこと

涙が溢れるその時に



いつかきっと…いつかきっと…

覚えているよう…覚えているよ…

生まれて抱いたはじめての

あの泣き声その温もりを

命の奇跡を感じたあの日


帰りたい帰れないでも…

いつか動き出す止まった時計は

会えるその日を待ちつづけ

そこにさくらは咲くんだろう


綺麗に咲いた君の横

二人で笑うその日まで

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