魔女と世界の約束事
「まじょ、まじょ、なまえをおしえて」
「いやよ」
「まじょ、まじょ、わたしのなまえは?」
「知らないわ」
「魔女、魔女、どうして私を育ててくれたの?」
「許されたからよ」
「魔女、魔女、どうして私を捨てるの?」
「捨てるんじゃないわ。正しい形に戻るだけ」
「魔女、魔女、お願い、ついてきて。私にはあなたが必要なの」
「無理よ」
「どうして?」
「約束を破ることになるから」
「……あなたは、いつもそう」
そう言って、今日も少女は諦める。
そう言って、今日も魔女は優雅に笑う。
少女は、親に捨てられ、魔女に育てられた。不器用ながらも懸命に育ててくれた魔女のことを、自分の都合で捨てたり呼び戻したりする親よりも、ずっとずっと愛していた。そして、少女は魔女から、多少ならない愛情を感じていた。なのに、魔女はいつまで経っても、何度懇願しても、少女についてきてくれない。少女が、第一王女が魔女の元で過ごすことは不可能だとわかっているはずなのに。少女は、魔女の元を離れて、ひどく空虚な日々を過ごしていた。
だから、少女は諦めない。
一種の執着にも近い気持ちで、少女は魔女を求め続ける。
そんな日々が、20年も続いて、ただの少女から第一王女になった少女は、第一王女から女王になった。
「ねえ、どうしても、来てくれないの?」
「久々に来て、まだそれをいうのね」
20年前から一切変わらぬ姿で、魔女は今日も一杯の紅茶を淹れる。
「あなたと一緒にいたいだけなの」
「無理ね」
「どうして?」
「約束だからよ」
「だから、その約束って一体?」
少女だった女王は、注がれた紅茶には手をつけず、真剣な眼差しで魔女を見つめる。
いつも、ここで誤魔化されて、結局何の成果も得られず女王が帰る羽目になる。
だが、今日の魔女は違った。
「……そうね、いい加減、話してあげてもいいのかもしれないわね」
ガタッと音を立てて女王は立ち上がる。
「本当に!?」
食い気味にそう聞き返す女王の顔は、喜びに満ちていた。
「そうね。いい加減ね。私も絆されたみたいだわ」
そうして魔女は話し出す。魔女と世界の隠し事を。
大昔、本当にずーっと昔の話よ。私にはね、お友達がいたの。かみさまのお友達。とっても仲が良かったわ。
でも、ある日からすれ違ってしまったの。何を大切にしたいかで。
私は、自然を愛していた。
あの子は、生き物を愛していた。
私は、生き物によって自然が破壊されることが許せなかった。
あの子は、生き物が自然を破壊することは、ある程度までは生きていくためにしょうがないことだと言った。
そこですれ違って、大喧嘩して、お互いも、生き物も、自然も、とってもとっても傷つけた。
だから、約束したのよ。『不干渉』を。私もあの子も、自然にも生き物にも干渉しない約束。
ほんとはね、あなたを育てることもいけないことだったのよ?
けど、あの子が育ててやれっていうから、仕方なく。
これが約束。秘密の約束。
「満足したかしら? だから私は、あなたと一緒にはいられないの。育てるところまでって、あの子と新しく約束したから」
女王は考え込む。こんな話をされたら、無理にとは言えない。けど、諦められない。そんなことを考えているうちに、なんだか眠たくなる。
「おやすみ、×××」
初めて名前を、呼ばれた気がした。
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