夏休み

 夏休みは、学生時代の中でもっとも長い休みだ。社会人になっても、正月と並んで大型連休であることに間違いはないだろう。

 私も大学生が迎える最初の夏休みということで、一ヶ月まるまる遊べるかと思うと、空でも飛べそうな気持ちであった。

 ただ、この大学一年生の夏休みだけは、もう二度と思い出したくはない。



 それは、家で一人留守番をしているタイミングだった。


 おーん、おーん、という大きな金属の塊が歪むような低い不気味な音で、ちょうど玄関の方に不穏な気配を感じた。

 ちょうど某ちゃんねるの掲示板で納涼がてら怖い話を探していたものだから、なおさら背筋に寒気が走った。 

 ホラー映画のかませ役になるつもりはなかったが、当事者になってみるとやはりその正体が気になるものだった。

 自室からそっと出て階段を降りると、すぐ玄関がある。案の定何も異変はなかった。しかし、玄関の様子が見えたと同時にまたその音が鳴った。


 気味が悪い。


 自室に戻った。きっと外で猫が発情でもしているのだろう、そう思い込むことにした。

 気味悪がりながらも、数時間して両親が帰ってきた。そういえば、いつもより二人揃って帰りが遅かった。


「ごめんごめん、ご飯今作るから」


 出迎えると、母が焦って黒い服を脱ぎながら炊飯器へ向かっていく。


「お仕事?」


 仕事着とも違うなと思いながら父を見た。父はいつものようにスーツだが雰囲気が違う。そうだ、ネクタイが黒いんだ。


「お葬式だったの?」

「そうなんだよ、そこの角の店長さん、昨夜急に亡くなったって。仮眠するって言って起きてこなかったって」


 両親は急な出来事に、家にいる私に言付けもないまま出かけていたらしい。私も、夏休みを満喫するからといって自室でアニメ三昧が過ぎたのだろう。


「突然で、本人もびっくりしてるだろうなあ」


 しみじみと父は店長さんを振り返った。そこに、母が水をさした。


「でも、虫の知らせってあるみたいね。店長さん、前の晩おかしなこと言ってたらしいわよ」

「へえ?」

「なんでも、変な唸り声がするって。おーん、おーん、みたいな」


 喉の奥がヒュッと鳴った。

 紆余曲折を経て私は何とか生きているが、いまだに夏の夜が嫌いだ。

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