百物語−起−
佐藤君の話はこうだ。
ヨーロッパのある国で、存在しない街があるんだ。どういうことかって? 文字通り、存在しないんだよ。架空の街なんだ。
だけど、その街の名前を口にすると、何人かは必ず「場所を知ってるよ」だとか、「出身者が知り合いにいる」だとか言い出すんだ。
不思議だろ? 存在しないはずの街なのに。だけど必ず存在しているかのような証言が絶対に出てくるんだ。
だけど証言は絶対に聞いてはいけない。それはなぜか?
日本にも、地図から消された村ってあるだろ? それと同じ立ち位置なんだよ。迷い込んだら戻っては来られない。仮に戻ってきたのだとしても、その人はもうその村の住人なんだ。この世とあの世の狭間で生き続ける人ならざるものなんだよ。
ヨーロッパに行ったら、存在しない街について聞いてごらん。知ってる人がいるかもしれないね。だけどそんな人に出会ってしまったら、もう二度と、ここには帰って来れないよ。地図から消された街の、住人になってしまうのだから。
佐藤君はフッと火を一本消した。みんなの顔が一段暗くなる。一息置いて、佐藤君が右を向いた。
「次、斎田さん」
佐藤君の余韻に浸る暇もなく斎田さんの話が始まった。
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