気配
いつも何かの気配を感じていた。霊感が強いわけではないので、振り返ったところで何も見えない。
ただ、人一倍怖がりな私はその気配が気になって仕方がなかった。
「右を振り返ってみたら?」
暑い夏の日、怖い話でもしようよと大学の食堂で突如始まった怪談話。いつメンの四人でそれぞれの持っている怖い話を披露していた。
私は手持ちも特になかったので、気になっていた気配のことを話したのだった。それに対するHの答えがこれだった。
「確かに、いつも左を振り向いてるんだよね、向きやすいし」
しかし冒頭に記した通り、私は人一倍怖がりなのである。アドバイスをもらったところで実践する勇気はなかった。自分からは、確実に。
その日は講義が最終まであった関係で、帰るころ日は完全に暮れていた。そして最寄り駅に降り家まで一〇分の道を歩いていたところ、例の気配がやってきたのだった。
振り返る勇気はない。このまま家に入ってしまおう。そんなことを考えていた時、後ろから声がした。
「私ちゃん!」
Hの声だった。私を心配してついて来てくれたのだろうか。
「私ちゃんてば」
ありえない。ついてくるならなぜ今声をかけてくるのだろうか。
Hの声を無視して、止めた足を再び進め始める。しかし声は止まない。
「なんで無視するの?」
Hだと思えないからだよ。
「こっち向いてよ」
ほらきた。それが目的だろう。
「ねえ、私ちゃん」
だが、この後どうする? 家まで連れて行くのか?
そう思った時、私は振り返ることに決めた。なぜなら、今まで左に振り返って何も起こらずにきたのだから。このまま見えないまま家の中に入られてもたまらない。
ついに足を止め、意を決して一気に振り返った。
そこには何もいなかった。いつも通りの風景だった。
「ねえ、帰り道はこっちだよ」
右耳で、Hになり損なった声が囁いた。
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