去年の話

 Hさんはいつも、ご時世的に外出を控えていました。しかしその日は、とある試験があり、割と地元から離れた所まで出かけていたそうです。ついでにHさんの彼女Tさんも同じ試験を受けており、じゃあ三密にならないところならと、試験後はレンタカーを借りてドライブデートをすることにしました。


 場所は、試験会場にほど近い心霊スポット巡りでした。それ以外観光地などは無く、「観光」と検索すると心霊スポットが一番最初に出るほどです。

 Hさんは最初乗り気ではなかったのですが、Tさんが大のホラー好きと言うのもあり、渋々向かうことになったのです。


 二人の着いた場所は、廃ホテルでした。もう何十年も営業した形跡はなく、壁なども剥がれて鉄骨などが剥き出しで、いかにも何か出そうな雰囲気だったそうです。


「じゃ、写真撮って帰るか」


 そんなHさんよりもノリノリだったのがTさんでした。スマホで外観を撮ると、TさんはHさんの袖を引っ張って中に足を進めたそうです。


「もうちょっと探検しようよ」


 後から考えれば、多少強引にでも写真だけで帰ればよかったと、Hさんは振り返っていました。ただ当然のこと、当時はそんなことも考えていなかったので、二人はどんどん廃ホテルの奥へ進みました。

 怪しげなものを探していると必然的に地下への階段を見つけるもので、案の定そのホテルにもありました。

 降りてみると、そこには一室しかなく、再奥には仏壇のような物が置いてありました。棚のような木箱の上に、自分たちの上半身くらいのサイズで、朽ちてはいましたが木製で中に仏像のようなものが入っていました。


「なんか、やばくない?」


 ここでHさん達は今までにない悪寒を感じ、それを自覚するほど後ろに何かいるような、その数が増えていくような気味の悪さを感じたそうです。

 そして、Tさんがばっと振り返ると同時にHさんもそれに続いて急いで屋外へ飛び出していきました。

 そのまま車に戻り、繁華街の方まで猛スピードで移動しました。


「気持ち悪かったねえ」


 Tさんは相変わらずこの状況を楽しんでいるようで、Hさんは小さな怒りを感じつつも、無事明かりのある所まで戻れたことにホッとしました。

 そして、一息つくと撮った写真のことを思い出したそうです。


「そうだ、スマホ! なんか映ってないか」


 コンビニの駐車場で、Hさんはスマホの中を確認しました。

 

 背筋が凍りました。


 それはただ廃ホテルの外観を写しただけなのに、自分たちが見た時は誰もいなかったのに、窓から大量の全く同じ形の人影がこちらを覗いていたのです。



 しかし幸運なことに、それから二人に熱が出たとか心霊的な何があったという話はありませんでした。

 ただ、その出来事から一年が経とうとした頃、突然HさんとTさんは別れてしまいました。理由は、Tさんが別人のように性格が変わってしまったためだそうです。


「俺さ、心当たりあるんだよね」


 この心霊スポットでの事や別れの経緯について話を聞いていた時、Hさんはぽつりと言いました。


「あの写真、もう一回見てみたんだよ」


 あの日撮ったという写真を見せてくれました。


「よくみて、ここ」

 

 Hさんは、大量の影がある中でも、一番大きい影を指さしました。そしてそれを指で拡大したのです。


「不気味だけど、影だよな?」


 僕がそう言うと、Hさんは編集機能で画像の明るさを上げていきました。 


 僕は息を呑みました。


 そこにいたのはTさんだったのです。性格には、その影は全員Tさんなのです。

 それも、生気のない無表情で、ただこちらを見つめています。

 

「あいつはきっと何か取られてたんだよ、最初っから」


 TさんもHさんも、その廃ホテルは初めて訪れた場所でした。それなのに何故、入ってもいないTさんの影が写っていたのでしょうか。Tさんの性格が変わったことも、あの廃ホテルが原因だったのでしょうか。

 

 未だに真相はわからずじまいですが、あの日のHさんの悲しげな表情は、今でも忘れられません。

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