第3章 15話 それぞれの帰り道(拓海・翔磨)
カフェからの帰り道、柚葉と拓海と翔磨の3人は、帰路についていた。
早めに寮に戻れるよう17時に解散をしたため、帰り道の土手沿いは西日で眩しい。
拓海はチラリと、拓海と翔磨に挟まれている柚葉を見る。彼女の横顔が夕日で照らされていて、美しい。
柚葉は、「イケメン2人を携えて、両手に花だね」なんて、軽口を言ながら、どこか清々しい表情で笑っている。
カフェでの柚葉は、カッコよかった。
柚葉は、思ったことを言えないと言っていたけれど、恭哉、そして、自分自身と向き合い、本気で目の前の人にぶつかった。
拓海が最初に感じた、凛とした強さを持っている少女という印象は間違えてなかったのだ。
だけど、柚葉には、触れたら落ちてしまいそうな危うさ、脆さが含まれているような気がして、どこか心許ない。
そんな彼女を守りたい。今日、拓海は改めて、強くそう思うようになった。
「何度も言うけど、今日は本当にありがとう」
柚葉が、一歩大きく前へ踏み出て、くるりと振り返る。その反動で、ふわりとスカートが舞った
胸がどきりと鼓動を立てる。柚葉のその仕草に見惚れてしまう。
「2人がいてくれなかったら多分、あんな思い切ったこと言えなかったと思う。だから、本当にありがとう」
夕日が眩しいのか、それとも、陽の光を浴びた柚葉が眩しいのか、とても眩しくて、彼女を直視できない。モジモジと、声すらも出せなかった。
「どういたしまして」
すかさず、横にいる翔磨が柚葉に笑いかける。先を越された。柚葉は微笑むと、再びくるりと前を向いて、歩き出す。
「なんだか、すごく青春ぽいな…」
風に乗って、柚葉の独り言が耳に入る。青春。たしかに、青春ぽい。そんなこと、今まで考えたことなかったけれど、この瞬間が青春の一コマとして、どこか雑誌のページに切り取られたとしても、おかしくないだろう。
拓海は柚葉の2、3歩後ろを歩いていた。届かない距離感。すごく歯痒い。
だから、拓海は柚葉の隣に躍り出てやった。
「先輩の役に立てて、オレよかったです。同い年だったら、よかったのにな。そしたらもっともっと先輩のそばにいられたのに。来年は校舎も変わっちゃうし。それに、同じ学年だったら、もしかしたら、同じクラスにだってなれたかもですしね」
隣にいる柚葉に無邪気に笑いかけてみる。柚葉の目がびっくりしたように見開かれた。そんなに驚くようなこと言ってしまっただろうか。
だけど、その表情はすぐに消え、再び柚葉が微笑み返してくれた。
「ふふ、ありがとう。でも、そういうことは軽々しく口にしちゃダメって言ったでしょ?これから拓海くんのこと好きになる女の子が、勘違いしちゃうからね」
チクリ。
胸が針に刺されたみたいにチクッとした。
なんだ?この感情は。
先輩になら、勘違いされてもいいのに、なんて、よくわからないことを考えてしまう。
今の拓海には、この感情がなんなのかはわからない。わからないけど、美しく可憐な柚葉のことを愛おしく思った。
いつか先輩に追いつけるように、努力をしなければ。そして、オレは彼女のことを脅かす存在から、彼女を守れる男になるんだ。
夕陽の中で、拓海は強く心に決めたのだった。
*
翔磨は2、3歩下がったまま、拓海と柚葉2人の影を見守っていた。
2日前の晩、柚葉が翔磨の優しさに怯えたようにしていたのは、あの距離感のおかしい元婚約者のせいだとわかった。
翔磨は、今日の出来事を経て、あの日の晩、柚葉に的外れなことを言ってしまったことを後悔していた。
柚葉が言葉をうまく喋れなくなったのは、あの婚約者が、彼女をたくさん傷つけてきたせいだろう。
柚葉に優しく触れた時、怯えた様子を見せたのは、男に対して嫌悪感を抱いていたからだろう。
あんな節操のない男が側にいたんじゃ、男に触られることを汚らわしく思うようになるのは、当たり前だ。
翔磨が柚葉に好かれようと、打算的に触れたから、柚葉もそれを敏感に感じ取ってしまったのだ。
前を歩いている2人の話を盗み聴く。
「そんなことを言ったら、女の子が勘違いしちゃうよ?」なんて、柚葉が拓海に注意を促している。
だけど、翔磨の見立てでは、拓海という後輩は柚葉のことを、1人の女の子として、意識しているように思える。
ああ、あの男邪魔だな。もし、2人きりなら、彼女のことを全力で慰めて、僕に依存してもらうのに。
奥歯をギリッと強く噛み締める。
もしかしたら、計算高さはあのクソみたいな先輩以上かもしれない。だけど、僕ならもっと上手くやれる。他の女の子と仲良くしたとしても、彼女を泣かすことだってしない。
目線を柚葉に向ける。柚葉は、拓海に微笑みかけていた。綺麗だ。
その姿があまりにも、美しくて、この笑顔を閉じ込めておきたい、と思ってしまう。柚葉が笑顔を向ける先が、自分だけであって欲しいと、思ってしまう。
ああ、2人きりだったら、よかったのに。
翔磨は、そんなことを願わずにはいられなかった。
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