第3章 11話 休日のカフェにて(2)



 陽愛ひよりと私と拓海は、店員に促されるまま、テーブル席についた。私と陽愛はソファー席に隣同士で腰掛け、拓海は私の向かいの椅子席に座っている。


「…あの、オレ、邪魔じゃないですか…?ご一緒しちゃって、大丈夫ですか?」


「大丈夫、邪魔じゃないですよ」


 間髪入れずに、ニコニコと笑いながら、陽愛が答える。

 陽愛の態度に、少し気恥ずかしくなった私は、「そういえば、拓海くんは予定はないの?」と、話を逸らした。


「部活動のみんなとご飯の約束してたんですけど、オレ、今日だとばっかり思ってたら、実は、その約束、来週のことだったんです。それで、せっかく外に出たんだから、何か食べて帰ろうかなー、と思って、店を探してたところだったんで、全然予定ないです!」


「そうだったんだ。じゃあテーブル席に移動して正解だったってことだね」


「はい!こうやって柚葉先輩たちとご一緒できて、すごく嬉しいです!」


「ふふ。…天能くんって、柚葉のこと、本当に好きなんですね」


「えっ、ちょっと!陽愛!?」


 陽愛が突然、素っ頓狂なことを問うものだから、思わず、大きな声を出してしまった。


「だって、さっきも大好きって天能くんから言ってたでしょ?」


「拓海くんは誰にでも『大好き』って言っちゃうタイプの男の子なの!だから、本気にしちゃダメだって!」


「でも、オレ、本当に、柚葉先輩のことは大好きですよ!なんかこう、守ってあげたくなる、というか」


「拓海くんは、またそういう勘違いさせるようなこと言って…」


「でも、わかるかも…。たしかに、柚葉って容姿端麗で、気品もあって、孤高の存在って感じなんだけど、その中にどこか危うい儚さがあるっていうか…」


「もう、陽愛まで!そんなこと言ったら陽愛の方が可愛くて、可憐で、守ってあげたくなるような存在なんだから」


「えっ、私?」


「そうだよ。自分では気づいてないのかもしれないけど、陽愛は、すっごく可愛くて魅力的な女の子なんだよ」


「そ、そんなことないよ!そんなこと初めて言われたし…」


「みんな恥ずかしくて口にしないだけで、陽愛と絡んだことある人間は、みんな陽愛にメロメロになってると思うなぁ〜」


「ほ、褒めすぎだよ、柚葉!」


「しょうがないよ、本当のことなんだもん」


「あはは、2人とも仲良しなんですね!」


 とても和やかに時が過ぎる。穏やかで心地がいい。陽愛の前だと、肩の力を抜いて話すことができる。まるで、咲子と話しているようで、自分の心が、学生時代に戻っていくようだ。あまりに自然に会話できるものだから、陽愛とは昔から友達だったのではないかと、錯覚してしまう。

 

 そんなことを考えていると、隣の席から露骨で盛大なため息を吐いている音が聞こえた。


 うるさかったかな、と思いながら、音のした方を一瞥いちべつする。そこには、苛立っているかのように、何度も髪の毛をかき上げ、勉強をしている、とても美しい白髪の少年がいた。


 「え」と、つい声が漏れる。


 私の声が聞こえたのか、少年もこちらを見た。目が合う。目があった瞬間、少年も「え…」と声を出して固まった。

 隣の席にいたのは、翔磨だった。比較的大きな声で会話をしていた私たちが、勉強の邪魔だったのだろう。その苛立ちをため息で私たちにぶつけた、というわけだ。

 設定通りの腹黒さだな、と苦笑してしまう。


「柚ちゃん、だったんだね…」


「翔磨君…、ごめんね。うるさかった?」


「いや、大丈夫…。問題が分からなくてため息ついてただけだから…」


「そっか…、それならよかった」


 私たちの席に目配せをして、拓海に気づいた翔磨は、「あ、こないだの…」と、会釈を交わした。どこかぎこちない雰囲気が流れる。

 雰囲気を少し悪くしてしまったことに自責の念を感じながら、陽愛を表情を確認すると、なぜか陽愛は、目を輝かせている。


「あの時は空気読まず、柚葉先輩を連れ去っちゃって、すみませんでした」


「いや、僕も門限に近づいてるのに気づかなかったから、むしろ助かったよありがとう」


 2人の会話を聞いていた陽愛は、妙に浮き足立った様子で、私の服の裾をぎゅっと握る。どうしたのかと、首を傾げると、陽愛はやけにニヤニヤしながら、「もしかして、これって柚葉を取り合う2人の一発触発、三角関係…!?」なんて、茶化すように耳打ちした。

 私が「そんなわけないでしょ」と、否定する間も無く、陽愛は翔磨に向けて口を開く。


「あ、あの、こんな状態では話しづらいと思いますし、よかったら瀧本さんもこちらへどうぞ…!」


「ちょ、ちょっと、陽愛!?」


 まさか、男嫌いの陽愛が男性を誘うなんて。


「だって目の前で三角関係が見れるんだよ…!少女漫画みたい…!」


 再びこそりと、私だけに聞こえるように耳元で囁く。2人が自分に好意がないと思っているのか、害がないと思っているのか、陽愛は、まるで自分は外野だと言わんばかりに、にこにこしている。ゲームだと、お互い愛し合う仲なのに。


「でも、翔磨君も勉強してたんじゃ…」


「…ちょうど勉強もひと段落ついたところだから、大丈夫だよ。せっかくだし、ご一緒させてもらおうかな」


 翔磨は、微笑を携えながら、手際良く店員を呼ぶと、席を移動したい旨を伝え、「お手数をおかけします」と、深々謝罪をする。

 中学生ながら、一連の動作をスマートにやってのける翔磨に脱帽すると同時に、私は今のこの状況に困惑していた。じんわり、手のひらに汗が滲む。

 陽愛の前の椅子席に席に腰掛けた翔磨は、私の顔をまじまじと見つめる。端正な顔に見つめられて、ほんのり目元が熱くなる。


「柚ちゃん、こないだはごめんね。柚ちゃんの気持ちをよく考えずに、行動して。ずっと後悔してたんだ」


「あ、いや…、私の方こそ、話聞いてもらったのに、その、お礼もできず、申し訳ありませんでした…」


「柚ちゃんのせいじゃないよ。僕が挨拶する度に、柚ちゃんの表情が曇ってたから、悪いことしたなって思ってたんだ…」


「す、すみません…!その…、あの夜は、あんまりいい別れがじゃなかったから、ちょっと気まずくて、翔磨くんに失礼な態度取っちゃったの…。ほんと、ごめんなさい」


「それ、オレのせいですよね…。オレが話してる最中に、柚葉先輩を連れ去ったから…。オレからも2人に謝ります。すみませんでした」


「ううん、拓海くんは悪くないよ…!私の言動がただただ悪いのであって…」


「いやいや、柚葉先輩のせいじゃないですから!」


「うん、そうだよ。柚ちゃんは悪くない。僕が考えなしに行動したのが悪いんだから」


「ふふっ」


 隣から、笑い声が聞こえた。陽愛は愛おしいものを見るように、優しく目を細め、慈しみ溢れる笑顔で微笑んでいる。


「陽愛?」


「あ、ごめんごめん。柚葉がこうやって楽しそうに人とお話ししてるの見たら、嬉しくなっちゃって」


「え?」


「柚葉って、本当はいい子なのに、近寄り難いって思われてるのか、友達が多い方じゃないでしょ?だから、こうやって、柚葉のことを考えてくれる、素敵な友達が増えたのを見て、嬉しくなったんだ」


 心の底からの笑顔を私に向ける。彼女の優しさに触れ、胸のあたりがぽかぽかとする。


「陽愛…、ありがとう」


「あと、3人がお互いに謝りあってる様子を見てて思ったんだけれど、みんがみんな、相手のことを考えて行動してたんだなぁって思ったの。だから、誰が悪いとか、そういうのないんだと思う。それに、みんなで反省しあってるのだから、これで一件落着、ってことでいいんじゃないかな?」


 陽愛は優しい声音でそう言うと、私にだけ聞こえるように小声で、「せっかく柚葉が男の子と仲良くしてる貴重な姿を生で見れるんだから、きちんと堪能しないと……!」と、ウィンクをしながら、付け加えた。

 陽愛の柔らかな声色と、彼女の持つ優しさが、どこかぎくしゃくした雰囲気を一変させる。流石ヒロインだと、感心してしまう。

 見た目も声も可憐な少女に、優しさで包んでもらったら、攻略対象達はもちろんのこと、誰だって惚れてしまうだろう。

 実際は、陽愛は男嫌いなので、その優しさを攻略対象に見せるまでに、時間がかかってしまうのが難点だけれど…。


「そう…だね。陽愛の言う通りかも。このままじゃ、みんなで謝り続けて、そのループから抜け出せ無さそうだし…」


「たしかに、そうかもね…。せっかく柚ちゃんと仲良くなれる機会なのに、ずっと謝り続けて、このままお開きになったら、僕も悲しくなっちゃうな」


 翔磨の優しげな瞳に、胸がどきりと跳ねる。翔磨の顔も言葉も、心臓に悪い。


「あ、じゃあまた自己紹介し合いましょうよ!翔磨先輩…?で合ってましたっけ?」


「うん、合ってるよ」


「よかったー!あの時、失礼なことしちゃいましたが、これも何かの縁ってことで、オレ、友達になりたいです!」


「私も、柚葉の話をより詳しく聞くためにも、瀧本さんの情報は共有しておきたいです」


「じょ、情報…?……まぁいいや。えっと、自己紹介、だよね?僕の名前は瀧本翔磨です。一応、3年1組で学級委員をやってました」


 和やかな雰囲気で自己紹介が始まった。

 私の介入により、陽愛と攻略キャラが出会うのが早くなっている。

 恭哉はめぐの婚約者、ということもあり、中学時代に会っていたが、今目の前にいる2人、拓海と翔磨とは高校に上がってから出会うシナリオだったはずだ。


 そういえば、ここ最近は、この世界に慣れるのに精一杯で、忘れていたけれど、私と陽愛、両方が攻略大丈夫と結ばれるためには、恋愛フラグを立てないといけない。と言っても、メインヒーローの奏は高校から入学してくる設定だったため、乙女ゲーム内で陽愛が奏と初めて出会うのは、高校の入学式の日だったはずだ。よって、まだ時間に余裕がある。


 私は、今のこの状況をざっと見渡す。陽愛は若干他人行儀なところがあるものの、とても穏やかでいい雰囲気だ。陽愛が、この2人のどちらかと、いつフラグが立ててもおかしくない。まぁ、それはそれで、陽愛が幸せならば、いいのかもしれないけれど、陽愛の友達としては、陽愛が、ヤンデレと結ばれてしまうのも、勘違いさせ男と付き合ってしまうのも、少し気がひける。


「はい、じゃあ最後は、柚葉の番だよ」


「え、私も自己紹介するの?みんな、私のこと知ってるのに?」


「せっかくですし、柚葉先輩もしてくださいよ!知ってるって言っても、知り合って間もないですし、好きな食べ物とか、好きな科目とか、座右の銘とか好きな動物とかも知りたいです!」


「そうだよ。僕も柚ちゃんが5組の生徒だってことしか知らないし、これを機に、詳しく知りたいな」


「うーん。言われてみれば、成り行きで知り合ったようなもんだもんね…。恥ずかしいけど、自己紹介しよう…かな?…えーっと、清水柚葉です。3年5組です。好きな食べ物は…そうだなぁ…ショートケーキかな…。科目は、国語が多分一番できて、動物は爬虫類じゃなければなんでも好き…です。よろしくお願いします」


 小さく頭を下げる。3人に小さな拍手をされてしまった。中学、高校の時にやった、学年上がりの初めてのホームルームでやる自己紹介みたいで、気恥ずかしい。自己紹介の後にパラパラと拍手されるところまで、同じだ。


 私たちは、この自己紹介を皮切りに、談話を始めたのだった。

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