第3章 10話 休日のカフェにて(1)
拓海、翔磨との出会いから、2日経った。中学生活最後の日曜日。私は今、陽愛とショッピングモールに来ていた。たくさんの可愛い雑貨屋や服屋を見て周り、疲れたため、今、私たちはモール内のカフェでひと段落ついている。
「最近、柚葉の周りに男性が増えたよね」
「え…、そうかな?」
「うん。須崎先輩は…、婚約者だから、前々から一緒に話すことが多かったにしても、拓海くんっていう後輩くんに、1組の瀧本くんとも、お話ししてるところよく見かけるもん」
陽愛の言う通り、ここ2日、拓海と翔磨によく話しかけられるようになった。拓海は、私に懐いたらしく、寮だろうが、校舎だろうが、見かけるたびに、大きな声で私の名前を呼び、手を大きく振ってくる。
翔磨は翔磨で、この2日間、何故か登校時間が被るようになり、その度に「おはよう」と、笑いかけられるようになった。ただの知人に対する挨拶なだけかもしれないけれど、この間の夜、気を遣ってくれたのにも関わらず、気まずい雰囲気なってしまったまま立ち去ってしまったので、少し引け目を感じてしまい、毎回微妙な表情をしてしまう。
いつも1人でいた"一条めぐ"に、2日間で男性の知り合いが2人も増えたのだ。陽愛からしたら気になる話題なのだろう。
「そう、だね。ここ最近、2人からよく声かけられるようになった…かも。だけど、そんな陽愛が期待しているような話はないよ」
陽愛は青緑の瞳をキラキラと輝かせこちらを見つめている。明らかに"恋バナ"を期待している目だ。
「でも、わかんないでしょう?もしかしたら、ここから恋に発展するかもしれないし…!」
「ないない…!私は年下より年上の方が好みだし、ああいう好青年好青年してる男は苦手なの。それに、知っての通り、いけ好かない婚約者もいるし…」
「んー、そっかぁ。残念」
陽愛は頬を膨らませながら言った。その姿がとても可愛らしい。
陽愛との関係は良好で、明らかに元の"めぐ"とは性格が違うのに、彼女は、私を素直に受け入れてくれている。私もそんな彼女に対して、疑問を抱かなければいけないはずなのに、私はその疑問を、受け入れている節がある。
このゲームの中に入ってからなのだが、私は、私自身の感情に、違和感がある。
このゲームの世界で時間を過ごせば過ごすほど、現実世界のことをうまく考えれなくなってきているのだ。
ゲームの外の世界のことを気にしていない今の状況は明らかにおかしいし、怖いはずなのに、恐怖心すら湧かない。
現実世界、会社のことや現実世界の時間の流れのことを考えると、思考に靄がかかったようになる。
―――これは、ゲームなんだから
頭の中に何度も鳴る言葉。
"リアル"なゲームなのだから、現実のことなど気にするな。
そういう考えに行きつき、毎回思考が停止してしまう。
まるで、深く考えられないようにどこからか指令が出されているようだ。
そのことが怖い、はずなのに、怖くもない。だって、私はただ「ゲームをやっている」だけなのだから。
「もしもーし、柚葉ー?……また考え事してるの?」
「あっ、ごめん…。ぼーっとしてた…」
「柚葉、最近そういうこと多いよね…。大丈夫…?疲れてるの…?」
陽愛がそっと私の額に手を載せる。少しひんやりして気持ちいい。
「熱はなさそう、だね。よかった…」
「ごめんね、心配かけて…」
「ううん、私は柚葉の親友だもん!むしろ、もっと頼って欲しいくらいだよ」
「あはは、ありがとう」
「どういたしまして!……あっ、ねぇねぇ、話は変わるんだけどね、2人で行く卒業遠足、遊園地で平気?」
「うん、平気だよ?なんで?」
「柚葉って、あんまりそういうところ行かないイメージだったから…。もし私に合わせて、無理矢理遊園地に行くんだったら、場所を変更しようかな、って思って…」
「そんな気にしなくていいのに。実は、私、テーマパークみたいなところ大好きなんだ。それに、陽愛と一緒に行けるなら、どこでも楽しいと思うから」
「わぁ、ほんと?私もすごく楽しみ!…でも、次の日、柚葉は京都に帰らないといけないんだよね…?私もお家の門限があるし、お互いあんまり遅くならないようにしないとね…」
「そっか、そうだよね。そうなると、朝から夕方まで遊ぶ感じになるのかな?」
「うん…。せっかく夜のショーがきれいなところなのに残念だね…」
陽愛の表情は、話している時、コロコロ変わる。寂しそうな顔、嬉しそうな顔、愛らしい顔、困った顔。そのどれもが可愛らしくて、女の私ですら、見惚れてしまう。
悲しげな彼女の表情を見つめていると、にわかに陽愛の表情が変わった。
「陽愛?どうしたの?」
「ねぇ、あそこにいるの、柚葉が最近仲良くなった後輩の…拓海くん…じゃない…?」
「え、どれ?」
「ほら、あそこ」
陽愛が小さく人差し指をガラス窓に向ける。カフェの窓側カウンター席に陽愛と並んで座っていた私は、陽愛の指の先を辿る。そこには、向かいのカフェの看板を、うんうん唸りながら見ている拓海がいた。
「あ、ホントだ…!1人で何してるんだろう…?」
「すごい真剣に悩みながらメニュー見てるね…」
「うん…。にしても、拓海くんが1人でこういうところにいるの珍しい…。いつも人と一緒にいるのに」
「待ち合わせとかしてるのかな?」
「そうかも」
陽愛とそんなやりとりをしていると、拓海がこちらに振り返る。その瞬間、拓海と目が合った、…気がした。
咄嗟に目を伏せ、陽愛に小声で耳打ちする。
「ひ、陽愛、どうしよ、目があっちゃった」
「え、嘘…?…って柚葉、拓海くんこっちのカフェに向かってきてるよ…!」
「ほんとに!?え、ホントどうしよう」
「とりあえず、勘違いかもしれないし、気にしないようにしよう。変に意識しちゃうと、ぎこちない感じになっちゃうし…!お話の、続きしよっか」
「う、うん、そうだね…」
2人で何か話そうとするも、こういう時に限って話題が何も出てこない。会話がうまくできず、2人してドギマギしていると、店内にベルが鳴り響く。誰かが入店した際に鳴る音だ。
「ねぇ、柚葉、拓海くん、このカフェ入ってきたよ…!」
入り口付近をチラチラ見ていた陽愛が、こそこそと私に伝える。
「や、やっぱり!?」
「こっち近づいてくる…!」
私は下を向き、ぎゅっと手を握る。陽愛も私に
「……柚葉先輩!」
ついに、声をかけられてしまった。私は観念して、顔を上げ、拓海の顔を見る。そこには満面の笑みを浮かべている拓海がいた。
「あ…、拓海くん…。こんにちは…?」
「こんにちは!えっと、突然、ごめんなさい…!柚葉先輩が見えたから、嬉しくなっちゃって、声かけちゃいました…!…って友達と一緒にいたんですね…!す、すみません。めっちゃ空気読めない奴じゃないですか、オレ…!」
デジャヴを感じる。こんなやりとり、前もした気がする。でも、拓海の鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見るに、陽愛の存在には本当に気づいてなかったようだ。オロオロと焦ってる姿の拓海は、まるで叱られて戸惑っている子犬のようで、思わず、「ふふ」と笑みが溢れてしまった。
「す、すみません。オレ、おっちょこちょいすぎますよね…!かっこ悪すぎる…」
拓海は気まずそうに頭を掻きながら、私に謝ると、陽愛に向き直った。
「柚葉先輩のお友達さん、話ししているところ、突然押しかけてしまって、ホントごめんなさい…!オレ、天能拓海、っていいます」
「初めまして…。えっと…、洲浜陽愛、と言います。柚葉がいつもお世話になってます」
「あ、いや、お世話してもらってるのはオレの方なんです。こーんな綺麗な先輩が、オレみたいな奴に話してくれるだけで、大大大感謝なんですから…!オレ、柚葉先輩と話せるだけで嬉しいんで…!柚葉先輩には寮でよくしてもらっていて、大好きで、つい見かけると話しかけちゃうんです…」
陽愛は目を丸くして、パチクリさせると、「大好き、だって…!柚葉…!」と、小声で言いながら、私の腕を両手で揺すった。明らかに、私と拓海の"恋"を期待している動きだ。
「違うよ!柚葉!拓海くんは、誰にでもすぐ『大好き』って言っちゃうタイプの男の子なの!もう、拓海くん…!こないだ勘違いさせちゃうから、大好き、や、運命、みたいな言葉を簡単に使っちゃダメって言ったよね?」
「あ…、そうでした…。すみません…」
拓海がしゅん、と落ち込む。もし、彼に耳や尻尾が生えていたなら、確実に垂れ下がっているだろう。
「あの、お客様はお連れさまでしょうか?もしよろしければ、テーブル席もご用意できますが…」
遠慮がちに、声をかけられる。このカフェの店員だ。よく見ると、拓海が立って話しているせいで、通路を塞いでしまっていた。おそらく、この店員は、声かけをするタイミングをずっと見計らっていたのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あ、すみません…。どうしよっか?」
謝りながら、陽愛と拓海に目配せをする。陽愛は男性嫌いだから、男性と同じ席なんて嫌だろうし、拓海ももしかしたら、誰かと待ち合わせしているのかもしれない。決めあぐねていると、陽愛が私の顔を見て、ニコッと笑った。
「えっと、そしたら、テーブル席にお願いしてもいいでしょうか…?」
「えっ!?陽愛!?」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
店員は、驚いている私をチラッと横目で見ながら、店内奥のテーブル席へと私たちを誘導する。
陽愛と私は、各々のバッグと頼んでいたジュースを手に持ち、移動することになった。
私は移動しながら、拓海に聞こえないよう、陽愛の耳元でそっと囁く。
「ねぇ、陽愛、大丈夫なの?男の子だよ…?」
「うん。柚葉の話を聞いて、素直でいい子そうだなと思ったから、大丈夫かな…って。もし、拓海くんに用事あったとしても、私たち2人で広々とテーブル席使おうよ」
陽愛は悪戯っぽく微笑んだ。
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