第6話 Soupir d'amour 恋の溜息⑥
「陛下、失礼いたします」
さて、同時刻のことです。お城の奥にあります、深い色味の木目調の家具で統一され、何やらたくさんの本がずらりと並んでいるウィリアム様の書斎にヴィンセントがやって来ました。
先ほどよりも大分ラフな格好をされて、髪も降ろされたウィリアム様はデスクに腰掛けて本を読まれておりましたが、ヴィンセントの声に反応してお顔を上げられました。
「時間外に呼び出してすまないな」
「いつものことです。で?何かご用でしょうか?」
「お前、この前エレナからもらった手紙の返事をまだ返していないらしいな」
「…あ」
「エレナ嬢は大分塞ぎ込んでしまっているらしいぞ」
「返そうと思ってはおりましたが膨大な仕事に忙殺されて失念しておりました」
「全く…早く返事を書いて花でも送ってやってやれ」
「そうですね」
ウィリアム様は呆れたようにヴィンセントを見つめます。ヴィンセントはと申しますと、悪びれることも無く、花か…と少し考え込んでいるような表情でした。
「…お前ってホント、ドライだよなぁ」
「そうですか?世の男達がマメすぎるんですよ」
「いい女を手に入れるためには、男はマメに女性の機嫌を取らなければならないらしいぞ」
「うわ…めんどくさいですね」
「そうか?」
「そうですよ。無駄な行為だと思いますけどね」
「…早くエレナがお前のそう言うところを受け止めてくれるようになることを切に願うよ」
「エレナは賢い女性でしょうから、きっと悟ってくれると思いますよ」
「私もそう願うよ」
はぁ…とヴィンセントは大きく溜息をつくと応接セットのソファーにドサッと座り込み、ポケットから煙草を取り出して火を着けるとゆっくりとその煙を吸い、ふぅ…とゆっくりと細く息を吐き出すとそのままぼんやりと天井を見つめておりました。
ウィリアム様も一つ小さく息を吐かれると棚の中からブランデーを取出し、どこからか氷を取り出していつの間にか用意していたグラスに注ぎ、ヴィンセントの隣にやって来るとそっとヴィンセントの前に差し出しました。
「…でもまぁエレナを大事にしてやれよ」
「言われなくても分かっています」
ヴィンセントはどうも…とお礼を言って受け取ると、グラスを交わしてクイッと一気にブランデーを喉に流し込みます。カランっと氷の溶ける音が静かな部屋に響き渡しました。
灰皿に掛けてある煙草を手に取りヴィンセントはもう一度深く煙を吸い、溜息と一緒に白い息を吐き出しました。
ウィリアム様はそんなヴィンセントの横顔を見つめておりましたが、しょうがないな…と言った様な表情をされた後、クイッとブランデーを流し込みます。
「さて…明日に備えて休むか」
「そうですね。明日は今日に引き続き姫様のダンスレッスンと言う大仕事がありますからね」
「明日も頼むぞ」
「…ショウチイタシマシタ」
「我々でシャルを社交界の華に育てて行こうではないか」
「なってくれますかねぇ」
「もう少しお転婆が治まればいいんだがな」
「甘えん坊でワガママでお転婆…。もうすぐ15になられるのにねぇ」
「まぁ愛らしくていいんだけどなぁ」
「そうやって甘やかしている内は無理ですね」
「お前の方が絶対シャルを甘やかしていると思うけどな」
「そうですか?私は姫様にはスパルタですけど?」
「…よく言うよ。まぁシャルもお前に甘えまくっているからなぁ」
「えぇ。鬱陶しいくらいに懐かれていますから」
「まぁお前も兄みたいなものだからな。これからもシャルのことを頼むぞ」
「もちろんです。この命に替えても姫様をお守りするのが私の使命です」
短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消し、ヴィンセントは立ち上がりました。そしてそれじゃあ失礼します、と一言ウィリアム様に告げるとサッと一礼をしてお部屋を去って行きました。
「…あれくらいの気持ちをエレナにも向けてあげれたらいいんだけどなぁ」
パタンッと扉が閉まり、ヴィンセントの足音が遠くなっていくのを聞きながら見送っていたウィリアム様はソファーに深く沈み込みうーん…と少し考え込まれました。ふぅ…と息を吐き、ブランデーをクイッと飲み干されるとヴィンセントの飲み干しらグラスと共にテーブルの隅に寄せておきました。
そしてよいしょ、とソファーから立ち上がられるとそのままお部屋をあとにされたのでした。
・・・・・・・・
「お…シャル、上手いじゃないか!」
さて、本日も昨日のように爽やかに澄み渡った空が眩しく輝いている昼下がりのことです。
大きなピアノが置いてあるサロンで、ウィリアム様とシャルロット様はヴィンセントが引いているワルツの音に乗って軽快なステップを踏みながらワルツのダンスレッスンをしております。
「…その調子その調子!」
「お兄様のリードが上手いからよ!」
「お前だって、腕のホールドが良い感じだよ」
お二人はキラキラとした笑顔を振りまきながら楽しそうに踊り続けておりました。ヴィンセントは何か言いたげではありましたが、グッと我慢をした様子でお二人を見ながらピアノのピッチを少し早めたり、時には緩やかにしたりと調節しておりました。
そして一曲が終わるとウィリアム様とシャルロット様はお互いにお辞儀をされ、その後にこやかに微笑まれました。
「…うん、前より良いんじゃないか?だいぶリズム感が出てきたというか」
「本当?お兄様!」
「あぁ。少なくとも私の足は踏まれなかったからな」
「何だかとても踊りやすかったわ!さすがお兄様だわ!」
「お前が上達したんだよ」
「嬉しい!」
「…だから何で三拍子がいきなり超ハイスピードになるんですか…。そんなノリノリなテンポ、ワルツじゃないと何度申し上げました?まるで南の方の民族舞踊並みですよ…ったく」
「だって何だかもの凄く気分があがってくると…つい…」
てへっと可愛らしく小首をかしげるシャルロット様に、はぁ…と聞こえよがしにヴィンセントは溜息をつき腕を組んで冷たい視線でシャルロット様を見つめます。
「まぁまぁいいじゃないか、ある程度ちゃんと出来てきたんだから」
「そうやってすぐに甘やかす…」
「あははは…。でもシャル、基礎のホールドの姿勢がもう少し綺麗に保てるといいかな」
「そう?よく分からないわ…」
「鏡を見てごらん、もう少しこう…肩が上らないように、肘を後ろに引きすぎずに、そして下げないことかな」
「うーん…こう?」
「もう少し首の後ろのラインも気にしてごらん」
再びウィリアム様の手を取り、シャルロット様はホールドの姿勢に入られました。鏡を見ながらああでもないこうでもないと姿勢のチェックをされておりますが、いまいちよく分からないのかちょっと難儀しております。
その姿にふぅ…と溜息をつき、ヴィンセントはシャルロット様の方に近づくと、少し前傾している肩胛骨を開かせて少しだけ後ろに反らせる様に動かしました。
「…もう少し男性と寄り添って踊るようにしてみてください。まだ姫様一人で踊るような感じだからリズムも合わないんですよ」
「でもそう言われても難しいわ」
「ワルツはカップルで踊る踊りです。息を合わせることが大切です。姫様にはまだその配慮が足りないですね」
「うーん…」
「もう少し相手の様子を見ながら踊るというのが―――…」
「まぁまぁヴィンセント、こればっかりは感覚で掴んでいくしかないさ。まだ練習は始まったばかりだ」
「…ダンスレッスン逃げ回っていたツケがここに現れていますよね」
「だって!ダンスレッスンのアグネス先生怖いんだもの!すぐにお持ちの杖で打とうとするのよ?それじゃあ逃げ出したくもなるわ!」
「姫様が反抗的だったからじゃないんですか?」
「なによぉ~」
「二人とも落ち着きなさい!…まったくお前たちはすぐに言い争うんだから。少しは落ち着け」
「申し訳ございません」
「ごめんなさいお兄様」
おでことおでこをくっ付け合すくらいシャルロット様はヴィンセントに詰め寄りプンスカと怒りっておりましたが、ヴィンセントは超至近距離でシャルロット様を思いっきり呆れた顔でふくれっ面のシャルロット様を見つめております。その間をウィリアム様は割って入り、臨戦モードのお二人を引き離しました。
ウィリアム様に怒られてしょぼんとするシャルロット様、そしてスッと目を閉じて軽く頭を下げるヴィンセントの姿を見てウィリアム様はやれやれ…と溜息をつかれてしまいました。
「…まぁ基本に立ち戻ろうということで、今日はシャル、お前のために先生をお呼びしているんだ」
「えっ!?もしかしてアグネス先生??だったらパスよっ!!お兄様、シャルはお腹が痛いと言ってちょうだい!!」
「まぁ落ち着きなさい。アグネス先生はお前とは相性が悪そうだからな。違う先生をお呼びしている。もうそろそろ来られるはずなんだが…」
「…本当にアグネス先生じゃない?…スパルタな先生だったら嫌よ!」
「大丈夫、おそらく世界でいちばん優しい先生のはずだ」
「絶対?」
「あぁ、絶対だとも」
不安そうに眉を寄せて慌てふためくシャルロット様に、ウィリアム様は優しくにっこりと微笑みながら話しかけます。相変わらずの過保護なシスコンっぷりにヴィンセントはもう無視を決め込んでそんなお二人をシレッと見ておりました。
するとそこへコンコンコンっとノック音が響き渡りました。
「失礼いたします陛下。お客様をお連れいたしました」
「来られたな」
ガチャっとゆっくりドアが開くと、セバスチャンが一礼をして部屋に入ってきました。そしてドアを押さえていると、その後ろから黒に近い深いネイビーのドレスを着た、亜麻色の髪を品よくまとめたペリドットのように輝く瞳をした小柄な女性が甘くて上品なユリの香りと共に部屋に入ってきました。
「やぁ」
「ご無沙汰しておりますウィリアム陛下…」
「お変わりはないかい、フローレンス」
「おかげ様で…ありがとうございます」
「フローレンスお姉さま!」
「お久しぶりです、シャルロット様…。お会い出来て大変光栄ですわ」
「私こそっ!フローレンスにお会いしたかったわ!」
「まぁ嬉しい❤」
シャルロット様はフローレンスと呼ばれたその女性の方に駆け寄って満面の笑みで抱きつかれました。フローレンスもシャルロット様を抱きしめられ、お二人はお顔を見合わせて笑顔でキャッキャとされております。
「お兄様の仰っていたダンスの先生って…もしかしてフローレンス?」
「あぁ」
「嬉しいっ❤」
「私も…シャルロット様にダンスを教えられるようになるだなんて…何だか感慨深くてとても嬉しいですわ」
「フローレンスに教えてもらえるなら、私頑張るわ!だってフローレンスの教え方は優しくて分かりやすくて大好きだったもの」
「それはシャルロット様の覚えが早かったからですわ。あの時は…確かシャルロット様にはロマンス語とアルベル語、そして簡単な計算などお教えしておりましたわね。懐かしいですわ」
「懐かしいわ!他の先生の授業は嫌いだったけれど、フローレンスの授業だけは大好きだったわ!」
「うふふ…嬉しいですわ」
「懐かしい思い出話はお茶の時にしようか。まずは少しダンスのレッスンをしよう」
「そうですわね、陛下…申し訳ございません」
「いえいえ、後ほどゆっくりと話そう。まずは…シャルにお手本を見せてやってくれ」
「承知いたしました」
「ではヴィンセント、フローレンスと組んでくれ」
「…えっ」
「えっじゃない、ヴィンセント。だってシャルに見本を見せないと駄目だろう?あ、ピアノは私が弾こう」
「ですが…」
先ほどまで存在感満載だったヴィンセントはいつの間にか気配を消して部屋の端の方におりましたが、ウィリアム様はそれを察知しているのかヴィンセントの方にパッと向かれました。
いきなり声を掛けられてヴィンセントはげっ…と露骨に嫌そうな顔をしてウィリアム様を睨むかのように見ます。ですかウィリアム様は気が付いていないかのごとくニコニコと微笑みながらヴィンセントに話しかけます。
「はい、時間がないんだ、早く組みなさい」
「ちょ…っ陛下」
「ヴィンス…貴方、やっぱり私の事が嫌いなのね…」
「昔の愛称で呼ばないでください、
「ちょっとヴィー、フローレンスに失礼じゃない!と言うかヴィーだって久々にお会いするんでしょう?そんな態度は失礼よ!」
「姫様は黙っててください!」
「ヴィンス、シャルロット様にそんな態度なんかとって…っ!貴方こそとても失礼よ、ヴィンス!」
「…あぁもう!似たような感じで話しかけないで下さいよまったく…っ!分かりましたよ…。では
ヴィンセントは腹をくくったかのか、一度瞳を閉じてはぁ…っと思いっきり大きな溜息をついて心を整えると、スッといつも通りに戻りフローレンスの方を向いて手を差しだします。
フローレンスは上目づかいでヴィンセントを見つめて少し遠慮がちに手を取りましたが、ヴィンセントは優しく、そして強くフローレンスの手を握ります。
ウィリアム様がピアノから美しいワルツの旋律を奏で始めると、ヴィンセントとフローレンスはスッとホールドの姿勢に入り踊り始めました。
二人は流れるようなステップで、メロディアスな音楽に乗りながらワルツを滑るように優雅に踊り続けておりました。
「ヴィンス…久しぶりね」
「…えぇ」
「全然
「忙しいもので…申し訳ありません
「それに…先日大怪我したというじゃない!ちっとも連絡を寄こしてくれないんだもの。人伝えで聞いて…本当に驚いたわ」
「…申し訳ございません」
「貴方のお父様…アルベールが亡くなってもう三年…。あの広いお屋敷に一人ではとても心細いのよ、ヴィンス。たまには顔くらい見せに帰ってきて頂戴な」
「…」
「私にとって貴方は大切な息子なのよ、ヴィンス」
「…はい」
ヴィンセントの胸にそっと顔を寄せていたフローレンスは頭一つ背の高いヴィンセントの顔を少女のように純真無垢な表情で見上げております。ふと視線が合ったヴィンセントは少し困ったような表情でフローレンスのお顔を見つめ返します。
ヴィンセントはギュッとフローレンスの手を握り返し、二人はジッと瞳を見つめ合いながら静かにワルツを踊り続けました。
時おり、ウィリアム様がピッチを確認するために二人の方にチラチラと視線をやりますが、そんな二人のぎこちない様子に気付いているのかいないのか…特に何も反応されずにピアノを弾き続けておりました。
そしていつの間にかワルツの音楽が終わり、二人はそっと手を離します。
フローレンスはまだ少し話したりないのか名残惜しそうな表情でヴィンセントを見つめておりましたが、そのまま形式的にお辞儀をしてワルツを踊り終えました。
「流れるような美しいワルツ、素敵だったわ!」
「ありがとうございますシャルロット様…」
「…陛下、もうよろしいですか?午後からの会議の前にチェックしたい書類があるんです」
「あぁ、あとは私とフローレンスとでもう少しレッスンをしよう。ご苦労だったな」
「では失礼します」
スッと静かにお辞儀をして、ヴィンセントは足早にサロンを去って行きました。
カツカツカツ…といつもより冷たく感じる足音が廊下に響き渡りますが、いつの間にか遠くなって足音は消えていったのでした。
「…相変わらずそっけないわね、ヴィーったら!」
「構いませんわ、シャルロット様」
「あははは…。まぁシャル、とりあえずもう少しレッスンを続けようか。せっかくフローレンスという社交界の華をお呼びしたんだから」
「まぁ陛下!そのようなお言葉もったいないですわ」
「謙遜を。まだ貴女がヴィンセントの父親である亡きアルベール公爵と結婚される前までは、誰が貴女のハートを射止めるのか諸外国の男たちも含めて皆競い合っていたのに」
「そんな昔の話を…!お恥ずかしいですわ、陛下」
「フローレンス、是非貴女のその所作屋立ち振る舞いの美しさをシャルロットにご教授いただきたい」
「こんな私でよろしければ…シャルロット様のお力になれるよう努めさせていただきますわ」
「ではレッスンに戻ろうか。シャル、姿勢の保ち方からやり直そう」
「分かったわ!それじゃあフローレンス、お願いいたします!」
珍しくやる気に満ちたシャルロット様の明るくて元気な声が部屋中に響き渡ります。鏡の前であぁでもないこうでもないと言い合いながら、基本的な姿勢の見直しから入ります。
さて、そんな三人の笑い声が風に乗ってお城に聞こえてきます。
ヴィンセントは中庭のテラスで煙草をふかしながらかすかに聞こえてくるサロンの楽しそうな笑い声をボーっと聞いておりました。
「わっ!ビックリしたっ!」
「…ケヴィン。貴方こそお城の中で何やっているんですか。今は訓練の時間ではないのですか?」
「昼休憩なんですよ!ちょっと…気分転換で…」
「気分転換ねぇ…。セシルにフラれて意気消沈してるからですか?」
とそこへ、今日はちゃんと訓練の時間に間に合ったのか、練習着に身を包んだ汗まみれのケヴィンが中庭へとひょっこりやって来ました。ふぅ…と手に持っていた水筒から水を飲みベンチに座ろうとした瞬間、ベンチにもの凄く不機嫌オーラを身にまとったヴィンセントの姿を見つけて水筒をひっくり返すほど驚き怯えたような素振りで今日も全開なヴィンセントの厭味を身に浴びております。
「ふ…フラれてませんよっ!!」
「はっ!そう思っているのはケヴィンだけなんじゃないですか?」
「いやいやいやいやっ!!そんなことは絶対ないハズです…っ!!」
「ふぅん…まぁ私には関係ないんでどうでもいいですけど」
「え…何か今日のヴィンセント様、いつもに増して冷たくないですか…」
「気のせいじゃないですか?」
「…」
フゥッと煙草の煙をケヴィンに吹きかけるようにヴィンセントは吐き出し、ゲホゲホと煙に咽て涙目になりなっているケヴィンをシレッとした目で見ておりました。
ふと視線を横にずらすと、ヴィンセントは何かを見つけたようであッと一言発してまた一服し始めました。
「…セシル!」
その視線の先を追って顔を上げたケヴィンも、廊下の奥の方から歩いてくるセシルの姿を見つけて嬉しそうな声をあげております。まるで大きな犬が思いっきり尻尾を振っているかのようなくらいの感じでケヴィンがテンション高くセシルの方を見ておりましたが、視線に気が付いたセシルに思いきりプイッとそっぽを向かれ、だんだんとテンションが下がってきて泣きそうな顔をしてがっくりと肩を落としております。
「…行っちゃいましたねぇ」
「…」
「思いっきりプイってされてしまいましたねぇ」
「…」
「めちゃめちゃ早足で駆けて行きましたねぇ」
「…それ以上俺の傷口に塩塗り込みます?」
ふぅ…と煙草の煙を大きく吐きながら、ヴィンセントは静かにケヴィンをジワジワと苛めております。
本当に立ち直れないんじゃないかと思うくらいケヴィンはぺちゃんこに潰されて今にも泣きそうなくらいになっておりました。
「…あーもうめそめそと女々しくて鬱陶しいですね。とりあえず今私機嫌悪いんで、どっか行ってくれません?」
「酷…」
「酷くて結構」
のっそりと重たい身体を起こしてケヴィンはヴィンセントを涙目のまま見つめますが、もう早くどっか行ってくれオーラを眉間に深い皺を刻みながらヴィンセントは放ちまくり、シッシッとケヴィンをどっかに行かせようとします。
「…別のところでしくしくしてきます」
「どーぞご勝手に」
ケヴィンは失礼イタシマシタ…と呟き、魂が抜けたような状態でフラフラした足取りでその場から去って行きました。その様子を一部始終煙草をぷかーとふかしながら見ていたヴィンセントは呆れたようにケヴィンの後姿を眺めておりました。
「何というか…若いですねぇ」
もう一度煙草を思いっきり吸い、ヴィンセントは溜息と共に大きく吐き出しました。そしてだいぶ短くなった煙草の火を消すと、近くにあるベンチに黒い物体が居るのを見つけました。
何だろう…と近づいてみると、その正体はシャルロット様のペットの黒猫のノアでした。温かい太陽の日差しがちょうど降り注ぐ場所にノアは喉をゴロゴロ言わせて寝ているようです。ヴィンセントがベンチに近づいてノアの横に座ると、目を瞑っていたノアは片目を開きパッとヴィンセントを一瞬だけ見ましたが、特に興味がないのかまた再び目を閉じてしまいました。
そっとヴィンセントがノアの頭をポンポンと撫でると、ヴィンセントもノアの温かさに感化されたのか眠気がやって来てゆっくりと目を瞑りました。
しばらくすると、スゥスゥと小さな寝息が聞こえてきたとかこなかったとか。
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