第二話 運命の女 ~Femme fatale~ ①
「ねぇお兄様、こっちのドレスはどうかしら?」
さてさて、翌日のことです。
シャルロット様のお部屋の大きな姿見を前に、シャルロット様は次々とクローゼットに並んでいる色とりどりのドレスを手に取ってご自身のお身体に合わせながらその様子をソファーに座りながら楽しそうに眺めていらっしゃるウィリアム様に見ていただいておりました。
「うーんそうだなぁ…そのセレストブルーのドレスも似合うけれど、セルシアンブルーのドレス方がお前のその白くてきめ細やかな肌を綺麗に写してくれると思うぞ」
「そう?濃い色の方が良いのかしら」
「夜のパーティーはやはり少し暗いからな。顔写りの良い色の方がいいんじゃないかな?」
「そうね…あ!ねぇ、このピンク色のドレスは?」
「ベビーピンクは肌なじみが良くてシャルにも似合っているが…そのドレスは確か昨年作ってもらったドレスだったかな?少しドレスの袖の形が今のお前には幼く見えないか?」
「そうかしら…?」
「そのパフスリーブは大きすぎるな…もう少し小ぶりでの方が今っぽいし大人っぽいぞ。そして少し胸元が詰まっていて少し子供っぽいな」
「ふーん…じゃあこのドレスはベルタにリメイクしてもらおうかしら」
「そうだな、少し大胆なデザインに変えてもらうのとまた印象が変わるな」
「じゃあ今度ベルタにお願いするわ。…それにしてもなかなかドレスって決まらないものね」
シャルロット様はフゥッと一つ溜息をつかれると、手に持っていたドレスをベッドに置いてウィリアム様の横にポンッと座られました。
「言ってしまえば全部似合っているんだがな。こう…つい色々と言ってしまうよ」
「でもお兄様の見立てが一番合っているわ。その次がヴィーとばあやかしら」
「皆お前のことをよく見ているからな」
ウィリアム様は甘えてくるシャルロット様の頭を優しくご自身の方に抱き寄せておでこにそっとキスをされました。
今日は朝からずっと、ウィリアム様はシャルロット様のお部屋でお約束通りドレス選びをされていらっしゃるのでシャルロット様はいつもより機嫌が良いようです。
昼食のお野菜のグラタンも残さずにきちんと食べられたので調理場の皆は涙を流して大いに喜んでおり、いつもは煩く小言を言うヴィンセントも珍しくあまり毒も吐かずお城は平和な時間が流れておりました。
「ねぇお兄様はパーティーは何をお召しになるの?」
「ん?そうだなぁ…特に決めてはないんだが…私は白にしようかなぁ」
「白をお召しになるのね。じゃあ私もお兄様とお揃いで白にしようかしら!」
「白はダメだ!!」
シャルロット様がピョンッと飛び起きて白いドレスを探しに行こうとすると、ウィリアム様はシャルロット様の細くて華奢な腕をすぐに引っ張って再びご自身の腕の中にすっぽりとシャルロット様を捕まえて収めました。
「どうして?」
「白いドレスは…ウエディングトレスみたいじゃないか」
「え?」
シャルロット様は覆いかぶさるように抱きしめるウィリアム様のお顔を不思議そうに見上げ、小首を傾げました。ウィリアム様はそんな上目づかいで可愛く見つめてくる小動物のような妹を更に愛おしく思われたのか、先ほどよりも強い力でギューッと抱きしめたままシャルロット様の問いかけに答えられます。
「白いドレスなんて着て行ったら…まるでフランツ王子との婚約パーティーみたいになるじゃないか」
「そ…そうかしら?」
「確かに純真無垢なお前には白いドレスが世界で一番似合うだろう…それは兄である私が重々知っているんだ。白いドレスを着てワルツを踊るシャル…きっと可憐でまるで妖精のように可愛いだろう。そんな姿を見たらフランツ王子以外の男もお前に惚れてしまうではないか…っ!」
「お…お兄様…」
「私の目が黒いうちはまだ嫁にはやるつもりはないからな!」
ウィリアム様はそう仰るとさらにシャルロット様をギューッと後ろから抱きしめ、右に左にと揺れて大切な宝物を絶対はなさい子供のようにしておられました。
「えーっと…お取込み中大変申し訳ないんですけどね」
コンコンコンっと早いノックがされた後、呆れた顔をしたヴィンセントが返事も聞かずに瞬時にシャルロット様のお部屋のドアをバーンと開いてズカズカと入ってこられました。
「ヴィンセント!どうした?」
シャルロット様を抱きしめたままウィリアム様はヴィンセントの方にお顔を向けられました。
「相変わらずのシスコンっぷりですね。ってまぁそれは置いておいて―――…メルヴェイユ公爵が急にお越しになりまして陛下にすぐにご面談をしたいと申しております」
「叔父上が?」
「えぇ。客間でお待ちです」
「叔父上が訪ねて来られるとは珍しいな」
「そうですね、なんか鬼気迫る勢いでお待ちですよ」
「そうか…」
「まぁとにかく客間へとお向かい下さい」
「分かった。すぐ行こう。シャル、すまないが少し待っていておくれ」
「え、私も行きたい!ドミニク叔父様にお会いしたいわ!」
ウィリアム様がシャルロット様から手を離してソファーから立ち上がって席を外そうとされると、シャルロット様はウィリアム様のお袖をクイッと引っ張りました。
「シャル…!」
「ねぇ、私もドミニク叔父様にお会いしたいわ。一緒に行っちゃ駄目?」
「シャル…何だか深刻な話っぽいんだ。お前はここで少し待っていてくれ」
「そんなぁ…」
「いい子だから言うことを聞いておくれ、私の可愛いシャル…。戻ってきたら一緒にお茶にしよう」
駄々をこねるシャルロット様の頬をそっと両手で包み、ウィリアム様は優しくそう言い聞かせました。シャルロット様はシュンとしおらしくなられて少し眉をひそめて悲しそうなお顔をされると、ウィリアム様のお言葉を受け入れてお顔を下ろして拗ねるように小さく呟かれました。
「…分かったわ、ここで待ってる」
「すまないシャル…」
ウィリアム様は一言優しくシャルロット様にお声を掛けられると、ヴィンセントを伴って足早にお部屋を出て行かれました。
先程まで賑やかだったお部屋は一転して、まるで風のない水面のようにしーんとした寂しい空気が流れました。
「シャルロット様…」
「…」
どこからかばあやがすぅっとお部屋に入ってきておりシャルロット様にお声を掛けます。
シャルロット様はまだ拗ねてていらっしゃるのか、お顔を下に向けたままの状態で無言のまま動かれませんでした。
「ホットミルクを入れて参りますわね!」
ばあやは少しでもシャルロット様の機嫌が元に戻るように、と機転を利かせてお部屋を出て行かれ調理場の方へと急ぎ足で向かって行きました。
ばあやの足音が遠くなり完全に聞こえなくなったころ、シャルロット様はスゥッとお顔を上げてソファーから勢いよく立ち上がりました。
「よし…ばあやは行ったわね」
そして小走りでドアの方に向かうと、そーっと音が出ないように扉を開けて辺りをキョロキョロと見回し、誰も居ないことを確認するとまるで猫のように音もなく走りだしたのでした。
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