第二話 運命の女 ~Femme fatale~ ②
「お待たせいたしました叔父上」
ゆっくりと客間の扉を開いて、堂々とウィリアム様は客間へと入っていかれました。
「ウィル~っ!!久しぶりだなぁっ!!いつの間にかこんな立派な国王になって…っ!!」
広々とした、爽やかなレモンイエローを基調としたローザタニア王国の客間にはウィリアム様の叔父上、ドミニク・ド・メルヴェイユ公爵は出された紅茶にも手を付けずに緊張した面持ちでソファーに座っておりました。
ウィリアム様がお部屋に入ってこられてお声を掛けられるとドミニク様は満面の笑みでスクッと立ち上がって、国王陛下では居りますが可愛い甥っ子に抱きついてハグをされました。
「最近なかなか会いに行けず…ご無沙汰しておりました」
「いや、お前も忙しいんだろっ!そんなこと気にするな!」
ウィリアム様に似てスラッとされた長身の体躯に合わせて作られた、光沢のあるグレーの品の良いジャケットを着こみ、ブラウスにはキラキラと輝く宝石のブローチをしてキリッと纏められたいかにも貴族と言ったいでたち。
どこかお顔も似ておりますがウィリアム様よりも少しフニャッとされたたれ目のオリーブ色の瞳に少し茶色がかった金髪を紺色のビロードのリボンで結いあげた男性―――…ウィリアム様とシャルロット様の叔父上にあたるドミニク・ド・メルヴェイユ公爵は、甥っ子との久々の再会を喜んでいらっしゃいました。
「叔父上それにしてもどうされたのですか?」
「…ウィル、お前に折り入って頼みがあるんだっ!!」
着席を促されたドミニク様ですが、むしろテーブルに飛び乗るぐらいの勢いでウィリアム様の手を取られてギュッと強く握られました。
「叔父上…?」
「ウィル、後生のお願いだっ!!どうか私を助けてくれッ!!私にはもうお前しか頼ることが出来なんだっ!!!」
「お、叔父上落ち着いてください…っ!」
今にも取って食われそうな勢いに若干引き気味のウィリアム様は、迫りくるドミニク様に押されてのけ反りそうになっております。
「ウィル~、昔はよく一緒に遊んだじゃないかぁ~お前のオシメだって私は変えてやったんだ~」
「ちょ…叔父上…!」
グイグイとドミニク様はウィリアム様に迫っていかれたので、バランスを崩されたウィリアム様はテーブルの上の物をひっくり返してドミニク様に押し倒されるようにソファーに転がり落ちました。
「!」
・・・・・・・・
「やっぱり客間の扉の前には予想通りヴィーが待ち構えているわね…」
螺旋階段上からシャルロット様はひょこっとお顔を出し、ちょうど斜め下に見える客間の扉の前で腕を組んで偉そうに立っているヴィンセントの姿を確認すると眉をひそめて怪訝そうなお顔をされておりました。
「んもぅ!どうせこんなことだろうと思っていたけれど…本当にヴィーったら私の邪魔ばっかりするんだからっ!!」
シャルロット様はぺたんと床に座り込み肩を落として大きく溜息をつかれました。
「独り言丸聞こえですけど」
下を向いていたシャルロット様のすぐ傍に、いつの間にかヴィンセントが立っておりました。
「ヴィー!」
「全く貴女と言う人は…。陛下に大人しく待っていろと言われていたのに…呆れますね」
「私だってドミニク叔父様にお会いしたいんだもの」
「まぁそりゃそうでしょうねぇ。何もなさそうでしたら姫様もご一緒にご案内差し上げましたが、どうやら今日は何か訳ありっぽいんでねぇ」
「え?」
「言っときますが別に私は常に姫様に意地悪しようとか思っているわけではないですからね」
「そんなこと分かっているわよぉ」
「分かっているくせにそんなに聞き分けないのは、陛下に甘えたいからですか?」
「…だって今日はずっと一日中お兄様と過ごせる日だったんですもの」
「まぁ陛下はご多忙ですからねぇ」
「毎日毎日お仕事で…ずっとヴィーとばっかり一緒に居るし。私とお兄様がお顔を合せるのなんてディナーの時にご一緒出来たらいい方よ」
「まぁ姫様の朝起きる時間が遅いってのもありますけどね」
シャルロット様はお膝を抱えるように座り直し、まるでピンスポットライトがシャルロット様に当てられているかのごとく、少ししんみりとした表情でポツリポツリと語り始められましたが、ヴィンセントは相変わらず切れ味抜群の突っ込みでズバッと切っていきます。
「…だって朝は眠たいじゃない!」
「夜10時過ぎくらいには寝てて10時間以上寝ているくせに?」
「う…煩いわねぇ!」
「寝すぎで眠たいんですよ」
「う…」
正論を言われすぎてぐうの音も出ないシャルロット様はぐぐぐっとうなりながらヴィンセントをジッと睨むかのように見ておりましたが、小動物が猛獣に挑み続けるような感じなのでヴィンセントは痛くも痒くもなく、ふぅ…っと溜息をつかれると腕を組み直して壁にもたれかかりました。
「陛下は…この国の為に睡眠時間を削ってまで、それこそ粉骨砕身の思いで国王としての義務や執務をなさっております。姫様が安心して10時間も寝ていられるのは、全ては陛下のお蔭なんですよ」
「…」
「まぁ何が言いたいのかと申しますと、とりあえずホンット毎日毎日陛下に迷惑だけは掛けないでほしいってことですよ」
「…分かっているわよぉそんなこと」
「いや、分かってないから毎日何かしら問題が起きるんでしょうが」
「だって…お兄様とずっと一緒にいたいんですもの…。頭ではちゃんと分かっているのよ?お兄様に迷惑を掛けちゃいけない、もっとちゃんと我慢しなきゃって」
「ほう…」
「でも―――…やっぱりどうしても我慢できないの。お兄様が大好きすぎて…。だって5年間も離れて暮らしていたのよ?その時間を埋めたいって思っちゃうのはいけないことなの?」
「駄目とは言いませんよ。兄妹仲が良いのは素晴らしいことです。ただ…やはり姫様はアレですね、ちょーワガママですねぇ」
「…」
「もう貴女は14ですよ?そろそろ大人にならなくてはいけない時期に差し掛かっています」
「分かっているわよぉ」
「私は姫様の何事にも全力で突き進む姿勢は好きですよ?私には出来ないことですから。でも動く前に…一呼吸おいて少し考える時間を作られると良い。そして理解してから全力で走りだされればいいんですよ」
いつの間にかヴィンセントは階段に腰掛けるようにシャルロット様の横に座っていました。また一つ溜息をついておりましたが、呆れたような溜息ではなくて少し微笑むのを誤魔化しているかのように息を吐き、シャルロット様のお顔を覗き込むかのように首を傾けてどこかいつもより少しだけ優しい瞳をしておりました。
「…褒められているんだか貶されているんだかよく分からないわ」
「えぇその通りです」
「~っ!!」
シャルロット様はパッとお顔を上げられて、プゥッと頬を膨らまして怒ったようにヴィンセントの方を見ました。するとフッとまた一つ息を吐きヴィンセントもシャルロット様の方を見ておりました。
「人の言っていることが良く理解できているんですから、姫様は馬鹿じゃないんですよねぇ~。もう少し賢くいかないとどこぞの王子たちを手玉に取れませんぜ」
「…狡賢くはなりたくないわ」
「狡賢くなれとは言ってませんよ」
「何だかよく分かんない!」
「…まぁゆっくり色々と学んでいきましょう。そのために私がいるんですから。さて…盗み聞きはレディーとしてお行儀がよくないのでとりあえず部屋戻りません?きっと今頃ばあやが青ざめてるはずですから」
「…何か上手く言いくるめられている気がするわ」
「気のせいですよ」
「ねぇヴィー、立たせて?」
「はいはい」
スッと先にヴィンセントが立ち上がり、シャルロット様の前に手を差し伸べるとシャルロット様はグッとその手を握り立ち上がられました。
「…綺麗な手だけどやっぱり大きくて男の人の手をしているのね、ヴィーの手って」
「当たり前でしょう」
握り返してくれたヴィンセントの手は白くてきめ細やかな肌ですっと長い指をしておりましたが、やはりシャルロット様の小さな手を重ね合わされるとどこかゴツゴツととしており指も太くて男性の手をしておりました。
「こんなんじゃヴィーに敵うはずないわね」
「力で勝てないなら、頭を使えばいいんですよ。これから姫様にはお勉強以外にも色々と知恵を付けさせてもらいますよ」
「賢くなるための?」
「もちろん。貴女をどこの国に出しても恥ずかしくないようなレディーに育てることが、このローザタニアに仕える私たちの役目です」
「…大人になんかなりたくないわ…ずっとこのままここに居たい」
「え、ニート反対」
「…なによ」
「働かざる者食うべからずです!さぁ、お部屋に戻りましょう」
ヴィンセントがシャルルロット様のお手を引っ張り、まだ細くて華奢なシャルロット様の腰に手を添えてお部屋の方向に向きを促して共にその場を立ち去ろうといたしました。
するとその時、客間の方からガシャーンッとガラスの割れる音と共に大きな音が響き渡りました。
「陛下っ!?」
パッとヴィンセントはシャルロット様のお手を離して客間に向かって階段を駆け下りました。
「あ、ちょっとヴィー待って…っ!」
シャルロット様もヴィンセントに続いてドレスの裾をまくりあがて一生懸命階段を駆け下りましたが、ヴィンセントの目にも止まらぬ速さについて行けずにわたわたとしております。
一足先に客間の前にたどり着いたヴィンセントは一応ノックはされましたが、返事を聞く前にバンっと思いっきり客間のドアをけ破るかの如くの勢いで開けました。
「陛下、どうされましたかっ?」
「お兄様っ!?」
少し遅れてシャルロット様がヴィンセントのマントの横から顔を出し、客間の中を覗き込むように入ってこられました。
「ドミニク叔父様…大丈夫?」
そこにはソファーに突っ込んだまま倒れているドミニク様と、その横でやってしまった…という少し困ったお顔をされて突っ立っているウィリアム様のお姿があったのでした。
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