第一話 fleurs en rêve 〜夢見る花たち〜 ⑧

 「今日は皆ご苦労だった。疲れただろうからもう今日は早いところ休みなさいと伝えてくれ」

「承知いたしました」


いつもより少し早めにディナーやお風呂を済ませ自室に戻られたウィリアム様は、近くに控えていた執事長のセバスチャンに皆に早く休むようにと伝えました。

ピシッと黒い制服に身を包んだ老紳士のセバスチャンは折り目正しくお辞儀をされ、失礼しますとお部屋をあとにされました。


「…さて、私も今日は休むかぁー」


ウーンっと大きく伸びをされてさぁベッドに入ろうとされた時、コンコンコンっと扉をノックする音が聞こえました。


「どうぞ」


カチャっと静かに扉が開くと、お布団を頭からかぶり枕を抱えたシャルロット様が甘えたように首をかしげながらヒョコっとお顔を覗かせました。


「ねぇ、今日は一緒に寝てもいい?」

「…しょうがないな。おいで」


ウィリアム様がおいで、と手招きをされますとシャルロット様は駆け足で近寄り思いっきりギューッと抱きつかれました。


「なんだい、シャル…急に甘えん坊さんになって」

「別に…最近お兄様とゆっくりお話してないなぁって思って。そしたら何だかお兄様にお会いしたくなったの」

「ははは…そう言えば最近はディナーの時間も慌ただしかったりして一緒に食べられなかったし、二人っきりになることがあまりなかったな」

「えぇ。だってお兄様ずーっとヴィーとばっかり一緒にいるんだもの。私一人で寂しいわ」

「ごめんごめん。近頃、会議やら謁見やらと仕事が立て込んでてね。でもセシルやばあやたちがいつもそばに居てくれているじゃないか」

「それはそうだけど…でもお兄様と一緒が一番好きっ!」


ギューッと抱きついたまま、ちょうどウィリアム様の胸あたりに頭をグリグリとつけられてまるで駄々をこねる子供のように甘えられます。


「それはそれは…じゃあ今日は兄妹水入らずで共に語り合おうではないか。この部屋にはシャルが飲めそうなものはお水くらいしかないが…それでも構わないかい?」

「ううん、お水は結構よ。と言うか、どうせヴィーと一緒に飲むお酒しかないんでしょ、このお部屋!」


プゥッと頬を膨らませシャルロット様はウィリアム様を上目づかいで冗談っぽく睨みました。


「ははは…そう拗ねるな。酒は大人のたしなみだ」


ウィリアム様は笑いながらシャルロット様のお鼻を摘まみ、優しくグリグリとされました。もうっ!と少し怒りながらもシャルロット様は嬉しそうにウィリアム様にさらに強く抱きつかれます。


「私も早くお酒飲める歳になりたいわ」

「あぁ、シャルが大人になったら飲み明かそう。約束だ」

「楽しみっ!ヴィーよりも強くなって、お兄様独占しちゃうんだから」

「あれはなかなか強いぞ。私も勝てない」

「ヴィーはザルだものね。ホント、何につけても色々強すぎて嫌になっちゃう」

「そう言ってやるな。あれでも実はものすごく繊細な奴なんだ」

「そうかしら?」


ウィリアム様はヒョイっとシャルロット様を抱きかかえ上げられ、青系の色のリネンでコーディネートされた広いベッドの上に優しく降ろされました。


「ありがとう、お兄様。はぁ…今日は疲れたわね」

「そだなぁ…ナルキッスの方々は皆個性が強いからなぁ」


爽やかな石鹸とラベンダーの香りがする、清潔感溢れるピンッと貼られたお布団をひっぺ返してシャルロット様はもぞもぞとお布団の中へと潜り込まれました。

お部屋の真ん中にあります水晶で作られた大きなシャンデリアの灯りを消し、ウィリアム様はベッドサイドの小さな灯りと付けられました。先程まで明るかったお部屋は一気に薄暗くなり、窓の星明りと共に静かな空気が流れております。


「皆超マイペースだし。ジョージ陛下が来られなかっただけマシだったかしら」

「あの方こそ超マイペースだもんなぁ。それに比べたらフランツ殿など可愛いもんだよ」

「お兄様ったら!でも結局猫を捕まえられなかったし、ジョージ陛下来られなくて本当によかった」

「そうだなぁ。ジョージ国王陛下は猫アレルギーだもんな」


ウィリアム様も羽織られていたガウンを脱がれて、ベッドの中に入ってこられました。

シャルロット様はまだまだ身体つきも華奢ではありますが、それでも人がお二人で寝ても窮屈でない大きいベッドであります。幼少の頃に一緒にお昼寝されていた時のように、ご兄妹でお顔を見合わせながらゴローンと寝っころがっております。


「それにしてもフランツは押しが強すぎて正直苦手だわ…」

「まだ10歳だから仕方ないさ。じきに立派な紳士になられるよ」

「そうかしら。だといいんだけれど。それでもフランツと結婚なんて考えられないわ」


まぁまぁ…と笑いながらウィリアム様はシャルロット様をなだめます。


「うん…まぁ5年先のことなんて誰も分からないさ。それまでに向こうの気持ちも変わっているだろう」

「ねぇ、お兄様は結婚なされないの?お見合いのお話来てるでしょ?」

「え?」


シャルロット様はウィリアム様の腕の中にスポッと入られ、俗に言う腕枕をしてもらっているかのような形まで近づかれました。

まさかご自分に話が振られるとは思っていらっしゃらなかったウィリアム様はギョッとされております。


「お兄様の方が私よりいいお年頃よ?どうなの?」

「いやぁ…まぁ私の話は置いといてだなぁ…」

「お世継ぎのことだってあるし、お兄様こそご結婚早くしないと。ねぇ、前にパーティでご一緒に踊られていたアルレイン侯爵のお嬢様のジュリアとはどうなったの?」

「え…シャル、ちょっと待て。なぜジュリアのことを知っているんだ??」

「メイド達から色々聞いたわよ。しばらくお手紙のやり取りされていたんでしょ?ねぇ今はしていないの?」


聞かれたくないことを聞かれてウィリアム様は少し焦っていらっしゃる様子でしたが、平静を装うためにふぅ…と一つ深呼吸され呼吸を整えられました。


「ジュリアにはお互いのお土産とかの御礼と、世間話の手紙を数回程度交わしただけさ。それだけだよ」

「そうなの?」

「ジュリアは派手で社交的で活発な女性だからね。私にはもったいないくらい輝いている女性だったよ」

「ふーん…まぁジュリア美人だけどちょっと性格キツイものね」

「まぁ…ストレートに言うとそうだな。それにまだ私は国王になったばっかりだからまだ結婚なんて考えている余裕はないさ。ただでさえここにこんなにも手のかかる妹がいるのに」

「私のせいにしないでよ」

「ははは…まだ私は19だし、結婚はもう少し先でも問題ないだろう。今はまだ…亡き両親に変わって我々二人しっかりとして行かねばならないからね」

「…そうね。まさかあんなに突然お父様もお母様も居なくなるなんて思ってもいなかったから…」

「シャルロット…」


シャルロット様のお声のトーンがしんみりとされ、大きな瞳が少し伏し目がちになられました。

ウィリアム様はシャルロット様のおでこに優しくキスをし、髪を優しく撫でられております。


「事故だなんて…信じられなかった。お顔もまるでお休みになられているみたいに穏やかだったし…」

「うん、そうだね。それがせめてもの救いだったな…。あの事故からもう1年か。早いな」

「ホント…お兄様とヴィーが寄宿学校ケンニッジエールから戻られてすぐだったものね」

「あぁ。まだまだのんびりと勉強が出来ると思っていたのにな。世界が一転してしまったよ」

「お兄様…」


この1年のことを思われているのでしょうか、ウィリアム様は見つめる当てもなく広い天井の方へぼんやりと瞳を動かされてぼぉっとしております。


「これまで以上に頑張るしかないさ。私の大切なローザタニアのためだ」

「私も…少しでもお兄様のお役にたてるように頑張るわ」

「シャルはそのままでいいよ…まだそのままで私の傍にいてくれたら、それでいい」

「でも…」

「お前のその屈託ない笑顔が毎日見られるだけでいいんだよ。庭から聞こえるお前やばあやの笑い声や…ヴィーからのお前の話…変わらない毎日が何より愛おしい…」

「…」

「な?恋人に言うようなセリフをお前に言っている間は、私はまだまだお前から手が離せないということだ」


しんみりと少し重たい空気でしたがウィリアム様はパッとシャルロット様の方にお顔を振り返り、シャルロット様のおでこにコツンとご自分のおでこを付けられ、ニヤッといたずらっ子ぽく微笑まれました。


「!!もうっお兄様ったらっ!!」

「ははは…もう今日はナルキッスの方々の相手で疲れただろう。さぁもう今日はゆっくり休もう」

「もう…お兄様はそうやってすぐ話をはぐらかすんだから…」

「そうかい?」

「そうよ。そうやっていつも肝心なところは踏み込ませてくれないんだから」


プクッと頬を膨らませ、シャルロット様は少し不満げなお顔でウィリアム様のお顔を覗きこまれます。

そんなシャルロット様をさらっとかわす様にウィリアム様は大人の余裕を持たせたかのような微笑みでシャルロット様を見つめられ、まるで子供をあやすかのように優しく髪を撫でられました。


「さぁ…もう今日は疲れただろうからゆっくりお休み。そんなむくれた顔をしていたらせっかくの可愛いさが台無しだよ」

「…ずるいわ、本当お兄様ってずるい」

「ずるいってよく言われるよ…さぁ…一緒に眠ろう、私の可愛い可愛いシャルロット」

「…ホント…もうお兄様ったら…」

「そうだ、明日は一緒にパーティーに着ていくドレスを一緒に選ぼう。久しぶりにシャルの見立てをさせてくれ」

「…本当に明日、一緒に選んでくださる?」

「もちろんだとも。お前がとても美しく輝くドレスやアクセサリーを一緒に選ぼう」

「約束してくださる?」

「あぁ…約束だ」

「嬉しい!絶対よ」


ウィリアム様は澄んだエメラルドのような瞳でしっかりとシャルロット様のお顔を真っ直ぐ見つめられました。シャルロット様はにっこりと嬉しそうに微笑まれ更にウィリアム様の腕の中へと沈んでいかれました。そんなシャルロット様をそっと抱きしめると、ウィリアム様は澄んだエメラルドのような瞳でしっかりとシャルロット様のお顔を真っ直ぐ見つめられました。

シャルロット様はにっこりと嬉しそうに微笑まれ更にウィリアム様の腕の中へと沈んでいかれました。そんなシャルロット様をそっと抱きしめると、ウィリアム様はシャルロット様の艶やかでしっとりとした甘い香りのする髪を優しく撫でられました。

しばらくするとシャルロット様が少しうっつらうっつらと眠たそうな表情に変わっていき段々と大きな瞳に長い睫がかかり始めております。


「おやすみ、シャルロット」

「…おやすみ…なさい…」


シャルロット様の耳元で優しくウィリアム様は囁かれます。まるで魔法にかかったかのようにシャルロット様は瞳を完全に閉じられ、スゥスゥと寝息が聞こえてくるようになりました。


「相変わらず寝つきいいなぁ」


まるで天使のような寝顔で寝ていらっしゃるシャルロット様のお顔に少しかかっている髪の毛の束をスッと後ろに流されて、頬に優しくキスをされ、ウィリアム様は少し身体を浮かしてベッドサイドの灯りを静かに消されました。

大きな窓からは静かな夜の空を無数の星々が静かに瞬いております。


「明日もいい天気だなきっと…」


遠くの方でぼんやりと輝いている街の該当の灯りを愛おしそうに眺められると、ゆっくりとベッドに沈みこまれ、お隣で気持ちよさそうに眠っていらっしゃるシャルロット様の肩にそっと優しく布団を掛けられ、ウィリアム様も瞳を閉じられました。

しばらくすると静かなお部屋の中にはお二人の寝息の音だけが微かに響いておりました―――…。

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