第4話
明人は江原さんとよく食堂で昼食を食べるようになっていた。江原さんは食べるのが遅く、彼女の友人はよく調べものに行く。三人で食べていて、途中で一人抜けるということが多かった。
「あ。ジョーくん。また来たの?」
そこに必ずといっていいほど散歩がてら、てとてとと歩いて丈がやってきた。明人の昼飯を狙っているのだ。
「今日はキツネうどんだからな。猫舌のお前には食べられないだろ」
「チッ! 猫になって困ったのは熱々のものが食べられないってことだけだぜ」
むしろ困ったことはそれだけなのかいッと心の中でツッコミを入れる明人。
「はい。私のおにぎりをちょっと分けてあげるね」
江原さんはおにぎりを割って、小さい方を丈に差し出す。すぐに丈は江原さんの元に近づいて行った。
「おっ! 江原は優しいな! 明人とは大違いだ。そうだ! 俺のSNSチェックしてくれているか聞いてくれよ、明人」
はぐはぐとおにぎりをほぐしながら食べる丈が言う。江原さんもTwitterをしていると聞いたので、お互いにフォローし合ったのだ。
「江原さん。この前、丈のことツイートしているアカウント教えたよね。どうだった?」
「ああ、丈くんの。うーん、普通に可愛いと思うよ」
「普通……」
丈が食べるのを止めて、目を見開いて静止した。普通はショックらしい。
「で、でもさ。変顔とかしているじゃん。面白くない?」
明人はフォローしようと、質問を重ねた。クスリと笑う江原さん。
「明人くん、猫飼うの初めてなんだね。私、実家では猫を飼っていてね。結構、猫って表情豊かだよ。あ、でも、それを逃さず写真に収める藤森くんはすごいなって思うよ」
「そ、そうかな?」
褒められて満更じゃない明人。その明人を下から恨めしく見上げるのは丈だ。
「このっ! お前は俺が変顔しているところを指示通りに撮っているだけじゃないか!」
「いて! いていて! やめろって、ジョー!」
爪は出していないが、猫パンチが何度も襲ってくる。
「俺はもう行く!」
丈は尻を向けて、歩いて行った。目の前ではクスクスと江原さんが笑っている。
「いつも思うけれど、仲がいいよね」
こんなの仲がいいとは言えないよ。そう明人が言おうとしたときだ。
「明人。明人じゃないか?」
目の前に一人の男性が近づいてきた。眼鏡をかけていて、背が高い。
「えっと……」
明人には見覚えが無かった。しかし、名前を呼んでいる以上、明人の知り合いだろう。
「俺だよ、俺!」
そう言って彼は眼鏡を外して前髪を後ろに撫でつけた。その少しつりあがった目を見て、明人はハッとした。
「まさか、じょ、丈……?」
「そうだよ! 杉崎丈だよ!」
中学生のときの同級生の杉崎丈。その人に間違いない。しかし、何故、彼が人間として存在しているのか。明人は軽くパニックに陥る。さっき歩いて行って、猫の変身が解けたということなのだろうか。
「えっと、何でここに?」
「普通に学生さ。ここの工学部に入学したんだ」
「お笑い芸人の夢は?」
「ああ。中学のときはそんなこと考えていたけど。いまは別の夢がある。だから、ここの工学部に入ったんだ」
「そ、そうだったんだ……」
人間としては至極普通だ。隣の県だから、この大学で再会することも不思議ではない。
「なあ、もしかして彼女?」
杉崎丈は江原さんを見て言う。
「ち、違うよ。普通にと、友達」
「ふーん。まぁ、じゃあまたな」
「う、うん」
杉崎丈は手を上げて去って行った。
「お友達?」
今度は江原さんが聞いてくる。
「うん。……中学のときの同級生」
なのだけれど、お前はいま猫になっているんじゃなかったか?
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