第3話
丈が明人の元に来てから三日。部屋で二人は素麵を食べている。
「猫の友達が出来た?」
「違う。舎弟だ」
丈は近所を散歩し、細かい傷を作って帰って来た。どうやらケンカして来て、勝ったようだ。猫になったから猫語も分かるようになったらしい。
「ところで、俺ってば猫になっちゃったわけじゃん」
丈は猫の口で器用にちゅるちゅると素麵をすすっている。
「そうだな。猫だな」
明人も大量に作った素麵を胃に流した。暑い夏はやはりこれに限る。
「元に戻るつもりだけど、いつ戻れるかは分からない。だから、修行したいんだよね」
「修行?」
「お笑い芸人の」
あぁと明人は納得する。丈の夢はお笑い芸人だ。十八歳というと、もうお笑い専門学校に入っていて、修練を積んでいてもおかしくない。案外、変身する前はそうしていたのかも。
「でも、猫になったからなぁ」
明人はうーんと唸って腕を組む。漫才もコントも出来ない。猫でも出来る芸って何だろう。
「そうだ!」
丈がすくっと二本足で立ち上がる。意外と背が高く、座っている明人の肩の辺りに頭がきていた。
「Twitterで猫垢を作ろう!」
「猫垢?」
「そうだ。そこでネタを考えて披露するんだ。猫である今でしかできないことだぞ! 俺天才! さっそく、アカウントを作ってくれ明人」
「まあ、それぐらいなら」
明人はTwitterをしていなかったが、丈が考えたネタをノートに書いたりするよりも楽だろうと、スマホを手にする。
「アカウント名はジョーかな?」
「いや、そこはライバルたちとフェアに行かないといけない。アキヒト、お前の名前で作ってくれ」
「いいけど」
ライバルたちとは? 他の猫垢のことだろうか。
「アイコンはやっぱり丈の写真だよな」
明人は丈にスマホのカメラを向ける。丈はスッと座って、目を細めた。
「立っていた方がインパクトあるんじゃないか?」
「アイコンだからな。画像は小さいし、顔しか入らないだろ」
それもそうかと、明人はシャッターボタンを押す。中々良い感じだ。それをアイコンに設定する。簡単な紹介文も書いて、物の数分で体裁は整った。
「じゃあ、最初のツイートをしようか。丈がネタを考えるんだよな」
「いや、ネタより先に簡単に名乗ろう。漫才でも最初、コンビ名を言うだろ。あれだ」
「じゃあ、普通の写真を撮って……」
明人はアキヒトとして、簡単なツイートをする。
アキヒト『猫を飼い始めました。名前はジョーです』
ものすごく普通だ。この猫が実は人間が変身した猫だとは誰も思わないだろう。
「じゃあ、次はネタを」
「いや、敵情視察をしないとな。他の猫垢を見てみよう」
結局、この日はツイートすることなく、他のアカウントを見て回ることに費やした。
そして、三日後――。
「どうしてバズらないんだ!」
丈はこの日も明人からスマホを取り上げて、Twitterを見ていた。最初は上手く操作できなかったものの、いまでは器用に肉球を使ってフリックしている。さすがに写真は明人が撮るものの、文章は丈が考えてツイートしている。
「渾身の変顔まで反応ほぼ無し!」
無いというわけではないが、いいねは二桁に留まっている。白目を剥いた顔は可愛いというより不気味だった。
「くぅ。こいつらは毎回バズっているのに……、芸能人の猫っていうだけでズルいぞ!」
人の猫垢を覗いては文句を垂れている。バズっているのは芸能人の猫ばかりではないが、丈にはそう見えるのだろう。
「やっぱり、こういうのは続けないといけないんじゃないかな」
明人はスマホを覗き込みながら言う。
「でも、面白ければフォロワー二桁とかでも、バズるはずなんだ。やっぱり、文章を凝り過ぎず、あっさりしすぎず、その目線があったかと感心するような……」
ブツブツと丈はスマホを眺めながら考え込む。そんな様子を見て、でもバズっても猫なんだよなと明人は思うが本人は熱中しているので、そっとしておいた。
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