第2話
次の日、明人は一限目から授業がある。
「明人、本当に大学生なんだな。しかも、国立大学とか。そんなに頭良かったか?」
「受験がんばったからな。丈は変身する前はどこにいたのかな」
「さぁな。気づいたら檻に入れられていて、どこかの研究所から俺は逃げて来たんだ」
「そうか……」
つまり、猫に変身させる研究をしている場所がこの近くにあるということなのだろうか。
「ところで、どこまで着いてくるんだ?」
大学に向かっているので、同じく大学に向かう大学生たちが大勢歩いている。もちろんそばに猫が歩いている学生は明人の他にはいない。チラチラと視線を送られる。
「明人が大学行っている間、俺どうすればいい?」
「猫っぽく、散歩とか?」
まさか、講堂の前で待っていてとは言えない。
「そうだな。とりあえず初めて来たところだ。迷わない程度に大学内を見て回るか」
丈は尻尾をくねらせて、キャットウォークで歩いて行った。
午前の授業が終わり、明人は食堂に向かう。歩きながらどこかに丈がいないかと探したが姿は見えない。大学内から出ないと言っていたから、迷子にはなっていないだろうが。お腹は空かないだろうか。
食堂に着くといつものように学生たちであふれていた。トレイを手に並んで、アジフライのA定食を頼む。ごはんとみそ汁とサラダがついて、五百円は学生のお財布に優しい。
しかし、毎度のことながら席が空いていない。しばらく明人が空席を探していると、声がかかった。
「藤森くん、こっち。空いているよ」
その愛らしい声を耳にしただけで、明人の心臓は跳ねる。テラスの方を見ると、眼鏡をかけた背の低い彼女が手を上げていた。
「江原さん。そこ空いているの?」
江原さんの友人が座っているが、彼女は立ち上がってどうぞと言う。
「彼女、これから調べものに行くんだって」
「じゃあ。お邪魔します」
「どうぞ、どうぞ」
二人席なので明人は江原さんの目の前に座る。テラス席だが、木陰になっていて風もよく通るので暑くはなかった。いただきますと軽く言い明人は箸を手に、アジフライを口に運ぶ。
「えっと、江原さんはB定食?」
「うん。ハンバーグがあるといつも頼んじゃうんだ。藤森くんみたいにお魚食べた方がいいっていつも思うんだけどね」
江原さんは眼鏡の奥の目を細めて笑う。明人は何か気の利いたことを言いたかったが、言葉が上手く出てこない。
「おい。明人」
「なんだよ。いま、忙しいんだよ」
「お前、この子のことが好きだな」
「なッ!」
足元を見るといつの間にか猫の丈が座っていた。その表情はニヤリと笑っているように見える。
「バレバレだぞ。二組の佐藤さんが好きだったときと同じ表情をしているからな」
「お、おい。黙れよ」
明人は丈と江原さんの顔を交互に見る。これでは好きだと言っていることが、丸聞こえだ。
「黙って欲しかったら、そのアジフライをよこすんだな」
アジフライをゆすって来た。明人はこれ以上余計なことを話されたらたまらないと、アジフライに箸を伸ばす。
「どうしたの、藤森くん。あ、猫。だからにゃーにゃー言っていたんだ」
「にゃーにゃー?」
明人にはちゃんと人間の言葉で話しているように聞こえた。すると、チッと丈が舌打ちをする。
「明人以外には言葉が通じないんだよ」
そういえば昨日、そんなことを話していた気がする。それならば、丈が江原さんに好きだの何だと言っていたのは聞こえていない。
「なんだ。良かった」
「なんだか藤森くん、その猫とお話しているみたいだね」
ほんわかして江原さんは言うけれど、あまりに丈と話し込むと完全に変人になってしまう。明人は笑顔を向けて言う。
「実は昨日、飼いはじめたんだ。わっ!」
「飼うというより同居だな」
丈は明人の膝の上に乗り上がって、くんくんと定食の味噌汁の匂いを嗅ぐ。
「昨日? その割には懐いているね」
「何か人懐っこい猫で、あっ! こら!」
デレデレしている間に丈にアジフライを取られる明人だった。
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