第91話 輝き

 僕は泳げない。

 それをあまり知られることなく僕はこの人生を生きてこれた。泳げないで特に困ったことはなかったし、友達とプールに行く時も泳ぐ用のプールには行かなかった。だが、それを初めて後悔したのは一年と三ヶ月前の六月。


 この学校の近くには、ちょっと大きな公園がある。

 そこには鯉が泳ぐ池もあり、本校の生徒達の放課後デートではよく使われる場所だ。

 まあ、当時の僕はそんなことも知らずにその公園に行っていたのだが。


 一年生の僕は、公園で放課後過ごすのが日課になっていた。静かな雰囲気がとても癒されるのだ。

 するとある日、一組のカップルが腕を組んで池の傍を歩いていた。男女共にチャラチャラした格好で、制服の着崩しは校則違反スレスレだった。

 何気なくそのカップルを眺めているとはしゃぎすぎたのか、女子の方が足を滑らせ池に落ちた。


 ドボンッと水が跳ねる。

 遠くから見ていた僕は突然のことに驚くものの、動こうとはしなかった。この池は深いとはいえ、足がつかないほどではないからだ。


「あぷ……っ!……ちょ、助けて……!」


 溺れる女子を見て僕は立ち上がった。

 いきなり池に落ちて冷静を保てる人がいるわけがないじゃないか。誰だって慌てるに決まってる!

 何故か彼氏の方は必死に手を伸ばすだけで池に飛び込もうとはしない。


 でもどうする?

 僕はカナヅチだ。泳げない。

 僕が飛び込んだところで足でまといにしかならない……。


 そうして、僕が見て見ぬふりをしようとした瞬間、バッ!と池に誰かが飛び込んだ。


「えっ!」


 僕は思わずその飛び込んだ人を見る。

 飛び込んだ女子は、溺れる女子を落ち着かせ、池の上がれるところに連れていく。

 その全身はびしょ濡れで、制服は水中に舞い上がった土で汚れている。


 でも僕はその瞬間の彼女に、かっこいいと思った。


 たとえ制服が汚れびしょ濡れになっていても、誰かを救うために自らの身を投げ出せる彼女は────



 ────とても輝いて見えた。



 その日から、学校で彼女とすれ違う度、目で追わずにはいられなかった。いつか僕も彼女のような、誰かを助けるために身を投げられるような人になりたいと願いながら。


 その彼女の名は、沖矢千聖。

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