第84話 初体験

 体育倉庫に閉じ込められたわ。しかも遠山くんと二人きり。

 とはいえ成長する女、沖矢千聖。ここで狼狽える私ではない。


「携帯は教室の鞄の中ですし、大人しく待つとしましょう」


 私はポンっと畳まれたマットに身を投げた。

 さあ遠山くんはどう出る?

 今まで積み重ねてきたことからして、流石の遠山くんもそろそろ私の好意に気付いている頃。

 ならばここで大きく進展させる!なんなら告白を通り越してキスでもしてみようか!!!……もちろん経験はないが。


「沖矢さん随分と落ち着いてるね」

「当たり前です。それとも、何かいやらしいことでも想像してるんですか?」

「え?!そんなことな……わっ?!」


 遠山くんは強く強調しようとしたのか、少々前のめりになった。しかしそれが仇となり遠山くんは足を滑らせ体勢が崩れる。そしえ私に覆いかぶさるような体勢に……えっ。

 私は衝撃から思わず目を瞑るが、すぐに目を開き、超至近距離に遠山くんの顔があるというこの状況を理解する。


「ご、ごめん沖矢さん!」


 遠山くんは自分の状態に気付き、すぐに体勢を起こそうとする。

 いいのか沖矢千聖、ここで彼を離して。こんな一世一代の大チャンス、逃していいのか?


「沖矢……っ!」


 私は遠山くんの制服の袖をキュッと摘む。

 ……怖い。でも、今ここで目を瞑れば?

 遠山くんとてそれに気付かないほど鈍感じゃないはず。

 きっと私は遠山くんとキスできるだろう。


 ……でも、怖い。


 初めての経験がこんなにも怖いだなんて……。漫画やおとぎ話のヒロインはよくもまあ出来ていたものだなぁと感心してしまう。

 でも体験したい。


 好きな人とのキスを……。


「……っ」

「……!」


 私はそっと目を瞑った。

 すぐに訪れるだろう幸せを願って……

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