墜ちた英雄について

古今東西、多神教の神々や王、戦士、救世主に賢者に聖人聖女にいたるまで、放逐された英雄の話は枚挙に暇がない。

神話の神々や王、戦士達は討たれ、封じられ、裏切られ、力尽きて地上から去っていき、救世主は磔にされ、賢者は石を投げられ、聖人は首を括られ、聖女は火にかけられる。

美しく整えられた悲劇の英雄譚は繰り返される愚かさの物語だ。

全く……退屈だ。

「彼は確かに“王”だった。彼自身や君達がその道を選択せずとも」

放逐される場面の展開には数パターンあるものの、概ね根底にはその力への畏れが存在する。神と人、王と民、守る者守られる者……彼我の差が大きければ大きい程その信頼は幻想になる。人は力への警戒を捨て切れないからだ。

「彼の強者としての自負は素晴らしいものだ。其れが未だに君達の庇護へ向いていることも、世の感嘆や尊敬を得るに十分だろう」

裏切られ、傷つけられ、尚も人々を庇護し続け、後世に英雄と呼ばれるならまだ報われた、と云えるのだろう。誰からも省みられることなく消えていく強者であったものはそれ以上にいただろう。

英雄ではない強者を人は化け物と呼ぶ。

「君達から逐われた彼が踏み出す場所は、最早一歩先から此の街の最も深い闇の中だ。庇護者ではなく破壊者、暴力の化身としてのみその存在は語られる」

却説……その昔、神話伝説に語られる悪逆の化け物達のどれくらいが、逐い込まれた元英雄達だったのだろうか。

現代のこの地上の街に、救うべき無辜の民など存在し得ず、神の国は遠く、全ての天の道は閉ざされて、しかし悪魔は棲んでいる。

奇跡は起こらず、化け物しか生まれ得ない……実に詰まらない。企み事も上手く行き過ぎると醒めて退屈を増すだけだ。

「でもまあ……僕も悪魔だそうだからね。高笑いでもして喜ぶとしよう」

神話の化け物の中には嘗て英雄であったことが語られているものもあったが、此の街では必要のない物語だ。例え彼自身の魂の有り様が変わらなくても。


態々語る者が居ようか?


もう決着は付いただろう。後は適当に追い散らしておけば善い。

少しずつ遠ざかっていく銃声と悲鳴、怒号。代わりに立ち込める硝煙と血臭。晴天の空の下に滲み出た混沌の闇の中心で、ぽつりと小さな、しかし最も濃い不吉な染みのように佇んだ黒衣の少年が、誰にも聴こえない独白を氷片のような温度のない声音で落としていた。

俯いた口元には終始笑みが刻まれていたが、それも見るモノは誰もいない。血で汚れた地面と死者しかいない。

「有り難う、彼を此方へ逐いやって呉れて。―貰っていくよ」


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