おださくたんおめ

 今日は私、織田作之助の誕生日である。

「……うん、分かっていたけどやっぱり咖哩カレーなんだな……」

 面倒をみている孤児たちの中で最年長の少年、幸介が何処か遠い目で云う。その手には私の稼ぎだと毎日の食事に使うのに躊躇する値段の小ぶりな馬鈴薯ばれいしょが皮を剥かれていた。最年長といっても十を超えたばかりだが、この年齢でも皮むき器を使えば流血沙汰になる心配はない。日常では業務用の大きな調理道具が並ぶこの厨房へは立ち入り禁止になっているが、本日の彼には私か店主の隣に立つ条件で特別に許可が下りていた。

 他の子供たちは少々不満を滲ませて此方を窺いながら会場の飾り付けをしている。といっても前日までに作った紙細工などを店主が指定した範囲に張り付けるだけなのですぐ終わりそうだ。

「つーか、作兄が自分で自分の誕生日パーティーの食事を作るっておかしくないか? 今更だけど」

「元々今日は俺の作れる限り最高の咖哩を作る予定だったんだ。親爺さんの領域には届かないだろうが、一つ齢を重ねた区切りとして俺が得た咖哩の知見の全てを注ぐ」

 年に一度、贅沢な時間の使い方だ。今年は子供たちと店主がその時間を共にする。今までで最も贅沢な一日になるだろう。

 ここに友人と語らえる時間があれば完璧であっただろうが、最下級構成員とは比べようもないほど多忙な二人は今日も任務のようだった。事前に欲しいものを尋ねられた時に、毎年のこの贅沢を語ったら食材の提供を申し出てくれたので有難く世話になることにしている。私の給金では素材に拘ろうにも限界があるので非常に助かった。

 そういえば二人とも今幸介が浮かべてるのと同じ、少々自分の気分を決めかねているような何ともいえない表情をしていた気がする。何か残念に思っているような。……己惚れる気はないが今日作った咖哩は二人にも分けよう。近いうちに会えればいいが。

 みじん切りにした玉ねぎと豚肉を一緒に炒めながらそう考える。ここにざく切りにした玉ねぎと人参を入れて火を通した後水と馬鈴薯を入れて弱火で沸騰させ、灰汁取りをしてからコンソメの素を加えて中火で三十分煮込む。鍋を分けて家庭用のルーで甘口と中辛の二種類の咖哩に仕上げるつもりだ。奇は衒わない一般家庭の咖哩である。最も具材は最年少幹部と敏腕情報員により厳選されているので一般家庭で作るには少々高価かもしれない。

 幸介の剥いた馬鈴薯を一口大に刻んでくれた洋食店の店主がそれをこちらの取りやすい位置に置きながら「織田作ちゃん、上手だねぇ」と褒めてくれた。専門家プロからそんな言葉を貰えるほど大したものではないが遠慮するのも申し訳ない。少々戸惑っていると、笑って「じゃ、ちょっと時間稼ぎしてるからね」と小さなギャングどもが待ち構える客席スペースへ出て行った。片手に幸介を掴みもう片手には事前に購入していたのだろう菓子の詰まったビニール袋を提げている。いつの間にかテーブルの上に大きな籠がセッティングされていたがそこに盛り付けるのだろう。此方に見えないように(見えてしまっているが)何か描いている最年少で唯一の女の子、咲楽が疲れて眠ってしまわないうちに完成させなくてはならない。

 それで火が通る時間が短縮されるわけではないが心持ち手を動かす速度を速めながら、この後の楽しみと今の細やかな幸福感を私は楽しんでいた。


〈了〉

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