おねむおねむ(文マヨ寝間着敦君+太)
「うーん……うーん」
「? どうしたの、敦君」
沢山の枕と白い虎のぬいぐるみに埋もれるように寝息をたてていた少年が唸り始めたのを聞き咎めて、太宰治は手の中の文庫本を横に伏せながらその顔を覗き込んだ。常夜灯と卓上灯に照らされた寝顔は、幸いにも悪夢に魘されてる、という感じではなかった。眉間に若干皺が寄っているものの、周りに(というか概ね太宰に)振り回されがちな彼の定番、泣きが入る直前の困り顔に近い。
「……充分悪夢を見てるだろう……」と云う眼鏡の同僚が脳裏に過ぎった気がしたが、全く気にせず、にへらぁと笑った太宰は可愛い後輩の頬を人差し指で突付いた。
「あーつーしーくぅん♪」
猫なで声で名前を呼んでいると、元々眠りが浅くなっていたのだろう。半分ほど目を開き、むくりと起き上がった少年が明らかにまだ夢の中に意識を取り残してきた声音で「……だじゃいしゃん……」と呼び返した。
太宰治とあろうものが、おそらく完全に油断していたのだが。
「ふぐぉ!?」
大きめの園児くらいはある虎のぬいぐるみを叩きつけられて、太宰は自分の背骨と腰が小さく嫌な音をたてたのを聴いた。
「す、すみません!! ゆ、夢の続きかと思って……」
「それ、どういう夢だい……?」
軽く逝ってしまった背骨と腰の痛みに痙攣していた太宰を、直後に正気づいて悲鳴を上げながら自身が寝ていた寝床に突っ込んだ中島敦が平身低頭謝るのに、慎重に脊柱の位置を調整しながら尋ねる。
「えーと……何か沢山の人が死んでそうな色の地下監獄って感じの場所で、太宰さんと闘っていたような……」
「え、怖い。敦君、私を拷問したい願望でもあるの……?」
「違います……! えーと確かマフィアの人達がいて……何か太宰さんから貰わなきゃいけないものがあるって……?」
帽子の人が「くぉら青鯖!! 素材寄越しやがれ!!」って瓦礫投げてましたけど……太宰さん倒れないんですよね……。……?
どんどん記憶から抜け落ちていってるのだろう夢の内容を断片的に口にして、自分でも訳のわからないという顔をした少年の顔を眺めて、「私、そんなに頑丈じゃないよ……」とぼやいた太宰は決意した。
「よし、ポートマフィアを燃やせばいいんだね」
「わー!? た、多分複雑な事情があったんだと思います!! ……帽子の人の向こうに見覚えのある白い長髪の人が居ましたし……」
云いながら真っ青な顔でぶるりと震えた敦を何ともいえない表情で見やって、
「嗚呼、もう起こしてしまったタイミングが悪かったということだね……」
つまり太宰の自業自得なのだが、そう呟くとちょいちょいと指招いて注意を引く。
「とりあえず……朝になったら与謝野医師か、国木田君に連絡をとってくれ給えよ。湿布でも貰おう」
もう明け方に近い時間だけど。
はい、と素直に頷いた敦は時刻を見て、すっと半眼になった。
「……太宰さんは寝ました?」
「ん?」
にこりと笑うと、腹ただし気に卓上灯を切って隣に滑り込む。
「……寝かし付けてくれるのかい?」
流石に誤魔化されてくれない。太宰の頭を抱え込むように腕を回してくる彼に聞くと、怒っていたはずの顔を気弱な下がり眉にして「太宰さんがどうしたら眠ってくれるのか判りませんけど……一緒に」と耳元に口を寄せる。
「お休みなさい」
精一杯優しく響くように気を使っただろう声音で囁いて、大きく息を吸ってゆっくり吐く。
次第に深く緩やかになっていく呼吸の音を聴きながら、――太宰はふっと微笑んで目を閉じた。
窮屈そうに押し込まれていた白い虎がひょこんと飛び出して、太宰の体の上に押さえるように倒れ込む。
〈了〉
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