第16話 慣れないこと、苦手なこと③

 引っ越してきて以来、色々と慣れぬことに戸惑うことが多い隼人であるが、どうやら世の中にはいつまで経っても慣れないというものがあるらしい。

(あれは……)

 その日の放課後、春希はきゃいきゃいと騒ぐ女子のグループに捕まっていた。

「ねね、今ドラマでやってる十年の孤独、見てる?」

「見てる見てる! 女優のくらってうちらの親世代って信じられないよね」

「どう見てもお姉さんって感じで……そういやさ、近くで撮影してるんだっけ?」

「うそーっ!? あ、そういえばうちのクラスのつるさんがD組のかねみやくんにドラマ撮影どうこう言いながら誘ってた気がする!」

「ちょっとまって! あの2人最近仲良かったけど、そういうこと!?」

「うひゃー、これはこれは。ね、二階堂さんはどう思う?」

「あのその、私は……」

 どうやら話題のドラマの話からどこそこの誰と誰との関係が怪しいなどといった恋バナに巻き込まれているようだ。

 それだけならさして珍しい話というわけではないのだが、どうにも春希の様子がおかしい。いつものように静かな笑みを浮かべてあいづちを打っているがしかし、どこか居心地悪そうにしている。

 隼人は、春希ってあの手の話が苦手そうだなと、くつくつとのどを鳴らしながら観察する。

 そんな揶揄からかい混じりの目で見ていると妙に春希の顔色が悪いことに気付いた。あおめていると言っていい。わけがわからなかった。かといって別に体調が悪いというわけでも無さそうである。そのさいな変化は隼人だからこそ気付けたものだった。

 何が春希をそうさせているのかはわからない。しかし気付いた以上は無視することもできない。

「二階堂、ほら廊下、何か呼ばれているぞ」

「……え?」

「よほど慌ててたのか、の方を指して去っていったぞ。急いだ方がいいんじゃないか?」

「……あ、はい! そうですね!」

 そう言って隼人が意味ありげに片目をつむれば、色々察した春希は慌てて荷物を纏めて席を立つ。

「すいません、用事ができましたのでこれで!」

 二階堂春希は優等生だ。誰かに何かを頼まれるのは珍しいことではない。

 事実、春希を囲んでいた女子たちも別段気にすることなく「じゃあね~」「頑張って~」といった声を掛けて見送っている。それらを見て隼人も席を立ち、旧校舎資料置き場にある一室、秘密基地へと向かっていった。


「助かったよ、隼人」

「別に」

 隼人が少し遅れて顔を出せば、壁際でぐったりとした様子でひざを抱える春希の姿が出迎えた。どうやら正しく隼人の意図をみ取ってくれたらしい。

 春希はぺしぺしと自分の隣の床をたたく。確かに手伝いというていで抜け出してきたのだ、すぐさま帰るわけにもいかないだろう。

 隼人はこのまま春希を1人にするのは気が引けることもあり、隣に座る。それを抜きにしても、どこか弱ったような顔を見せる春希を放っておけるはずもない。

 そして隼人が座ると同時に、春希はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。

「はぁ、どうして女子ってこう、誰がれたれたとかいう話が好きなんだろうね……」

「そりゃ、女子だからじゃないのか? 姫子もそういう番組にかじり付いてるし」

「あはは、ひめちゃんもかぁ。ボクとしてはどの男優と女優の相性よりもどのキャラと機体の相性とかの話の方が好きだし、どの組の誰と誰の関係が怪しいとかよりも、あのゲームプロデューサーが新規で人員募集していたり開発班が異動して動きが怪しいといった話の方が好き、なんだけど……」

「……なんだけど? そういう話が好きそうなやつもいるんじゃないのか?」

「あはは、そういうの好きなのって大抵男子でしょ? そのね、中学のころ変な勘違いさせちゃったというか、その……」

「……ぶふっ!」

「は、隼人ーっ!? もう、他人ひとごとだと思って! それ以来、話しかける相手にも気を遣うようになったんだからね!」

「ごめ、いて、って背中叩きすぎ! ……そうか、モテる二階堂さんも大変なんだな」

「……そうだよ、大変だよ」

 春希は抱えた膝に顔をうずめ、その声色に影を落とす。

 あまりに真剣みを帯びたその呟きに、隼人は揶揄うのも躊躇ためらわれ何も言えなくなってしまう。

 そして春希はいっそうえんと嫌悪の色をにじませながらその心情を吐露する。


「ボクは恋バナが苦手だ」

「……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る