第17話 慣れないこと、苦手なこと④

「ボクは恋バナが苦手だ」

「……」


 誰に聞かせるというわけでもなく独り言つ。

 それは今の春希を形作っているものの感情の発露だった。それでいてどこか寂しそうにしている顔を見せられれば、隼人はこの親友に何かを言わねばという想いが募り言葉を探すが──空白の7年というもやが邪魔をして見つけられない。

『そうか』、という一言で聞き流すこともできた。

 しかし隼人にとってその迷子にも似た顔は、かつての──の時の姫子と重なってしまい、気付けば半ば衝動的に春希の頭に手を乗せ乱暴にかき混ぜてしまっていた。

「ぅわっぷ! 隼人、いきなり何すんのさ!?」

「……あーすまん。姫子ならいつもこれで誤魔化されてくれるから、つい」

「もぅ、頭ぐちゃぐちゃ! この髪セットするのって、すっごく手間なんだからね!」

「悪かったって」

「…………ぁ」

 春希の抗議を受けて隼人は慌てて手を離した。だというのに、それと同時に春希は甘えるような切ない声を漏らし、隼人を見上げてくる。

「……ぼ、ボクはひめちゃんと違うんだからね。誤魔化されてあげないんだから……」

「っ、と言われてもな……」

 隼人は自然と上目遣いになった春希と見つめ合う形となってしまった。

 その体勢は春希が意図したものではなく、7年の間にできてしまった男女の差というべきものによる偶然の産物である。しかし隼人はその潤んだひとみに吸い寄せられるように見入ってしまう。

 至近距離で見せられる幼いころの面影を残した大きな瞳、ぷっくりとした唇から漏れる息遣い、おさなじみという贔屓ひいきを差し引いても整っているとわからせられる顔立ちにドキリとしてしまう。

 慌てて目をらすも、目端には自分と違って触れれば壊れてしまいそうな細い肩と、女子特有の平均よりは少し控えめな膨らみが自己主張している。

 それらが嫌でも隼人に春希が異性なのだということを、意識させていく。

 思わずごくりと喉が鳴る。

(あれ、もしかして春希って可愛いのか……?)

 春希と視線が絡み合う。隼人は自分でもらちなことと理解しつつも、一度離した手を伸ばしていった──時のことだった。

「一体こんなところに何があるって言うんだ?」

「あの、少しばかり先輩にお願いがありまして」

「「──ッ!?」」

 窓の外から一組の男女の声が聞こえてくる。思わず隼人と春希は互いに身体を固まらせてしまう。

「ったく、今度は何を貸してほしいんだ? この間の漫画の続きは最新刊だから無理だぞ。お金と言われても金欠だし……あ、貸しっぱなしだったソフト返──」

「せ、先輩の人生をこれからずっと貸してください……っ!」

「オレの……って、んんーっ!?」

「ん、んん……んぅ、んっ……」

「んんん……っぷは! お、おま、ちょ、いきなり何を……っ! 思いっきり歯がぶつかったというかっ!」

「す、すいませんっ! だ、だってわたし初めてでっ!」

「そ、それはオレもというかっ……」

「あ、先輩も初めてだったんだ、よかった……ていうかですね、その、好き、です……」

「……っ!? あ、いや、その……って、お前はいつもいきなりす、ぎ……」

「先輩……」

「……ん」

 資料置き場にもなっている秘密基地のある旧校舎はひとが無い。

 となれば、彼らのような者たちの告白スポットとなるのも必然と言える。

「「……」」

 隼人と春希は窓の外から聞こえてくる、くぐもったなかむつまじい声を聴きながら、顔を真っ赤にして息をひそめていた。互いにどうしていいかわからない。そのくせ外から聞こえてくる状況と自分たちを比べてしまう。

 2人の間に流れる空気は、何とも気まずいものであった。

「えへっ、せーんぱいっ!」

「お、おい、歩きにくいってば!」

 そして外の彼らが去っていくと同時に、隼人と春希ははじかれたように身を離し、そして互いにそっぽを向いた。

「い、いやぁ、その、アレだな、アレだったな!」

「う、うん、そうだね、アレだね、アレ!」

 彼らが作り出した空気のお陰で、どうしてもそわそわしてしまい落ち着かない。

 2人して無意味だとわかっていても、自分のカバンの中身をひっくり返しては丁寧に詰めるというよくわからない作業を繰り返す。

 そして幾分か時間が過ぎ少し落ち着いたころ、春希はしみじみとつぶやくのだった。

「……ボク、やっぱり恋バナは苦手だ」

「……奇遇だな、俺もだ」

 お互い顔を見合わせ、苦笑し合うのだった。

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