第15話 慣れないこと、苦手なこと②
昼休み。例の秘密基地。
春希はドヤ顔で、先のバスケの試合のことを誇っていた。
「どうだった、ボクの活躍は? ボクもなかなかにやるもんでしょ!」
「……そうだな」
対する隼人は、ブスーッとした表情で聞き流しているかのような態度である。
実は春希は、隼人がサッカーで面白いくらいフェイントやテクニックに翻弄されているところをしっかりと観察していたのだった。そのこともあって、だから隼人は悔しいからそんな態度を取っているのだと思い、ますます得意げな顔になって増長していく。
しかし隼人の事情は違う。何かの切っ掛けで先ほどのことを思い出すと、春希を強く異性と意識してしまいそうになっていた。
「で」
「で?」
「試合、どうだった? 俺、最後まで見てなくて」
「惜しかったけど敗けちゃった。隼人はどっちを応援した?」
「……」
「……」
質問に質問で返されてしまう。その
今の春希は体育で身体が火照っているのか、靴下どころかサマーニットまで脱いでおり、ブラウスの胸元も緩めてパタパタと手で風を送り込んでいる。
ある意味
(ま、春希らしいか)
そう思うと、なんだか意識するのがバカバカしくなっていた。
眉間の皺もほぐされていく。
「もう、聞いてる?」
「はいはい、俺の負けだ、負ーけ。春希には敵わねぇよ」
「お、やっと認めたね。これはもうボクに貸し1でいいんじゃないかな?」
「何の貸しだ」
「どっちが皆を盛り上げたか勝負?」
「盛り上げって……ったく、大した役者だよ」
「……………………役者、か」
「……春希?」
突然、春希の
先ほどまでのはしゃぐような軽さは吹き飛び、重々しいものに取って代わられる。
その顔は笑みを浮かべているものの、何かの痛みを
隼人はどうしてこうなったかはわからない。ただ事実として、何かの地雷を踏み抜いたのだと理解し、動揺してしまう。
「……隼人ってさ、ボクと全然違うよね」
「なっ、ちょっ、春希!?」
ふと、浮かべる笑みの質を変えたかと思うと、まるで獲物を狙う獣のように四つん
そして、トンと隼人の胸に手を置いたかと思うと、何かを確認するかのように
「ここ、すっごく硬いね……筋肉かな、鍛えてる? それとも男の子だから? 昔はボクとそんなに変わらなかったのにね」
「や、やめてくれ春希……っ!」
「どうして?」
「ど、どうもこうもないだろう……っ!」
隼人の顔は、春希の指先のせいで真っ赤になっていた。
そのしなやかで柔らかい指は、それぞれが意思をもっているかのように独立した動きで胸をなぞり、時にシャツの間から中に侵入して素肌をまさぐる。
未知の刺激を与えてくる
「くすぐったいんだよ、やめてくれ!」
「あんっ!」
春希を強引に引きはがした隼人は、目に涙を浮かべながら恨みがましくねめつける。
その春希はと言えば、大きく目を2~3回ぱちくりさせたと思ったら、プフッと笑いを噴出した。
「あは、ごめんごめん! そんなにくすぐったかったんだ?」
「勘弁してくれ」
「だって、ねぇ……隼人はさ、こうやって演技して皆を
「どうも。春希だなぁって思うだけだ」
「……そっか」
そう言って目を細めた春希は、この話はもうお
いつもと同じゼリー飲料と、今日はおにぎりのようである。ここ最近観察したところ、どうやらサンドイッチとローテーションらしい。
それに倣って、隼人も弁当を取り出した。
「そうだ、お
「要らねぇよ、自分のあるし。春希、それいつも飲んでるな?」
「手軽に栄養補給できるしねー」
「コンビニか?」
「うん、毎朝寄ってる。そういや隼人っていつもお弁当……て、うわ、なにそれ!?」
「何って……ライスコロッケだが」
隼人の弁当の中には、握りこぶし大のライスコロッケばかりが4こ鎮座していた。他におかずは何もなく、春希が驚くのも無理はない。ただ、ボリュームだけはありそうだ。
これは、今日は体育があるからと前日から仕込んでいたものである。
みじん切りにした玉ねぎ、ナス、そして一口大に切ったベーコンを
小麦粉、溶き卵、パン粉の順番で化粧を施し、サラダ油が浸る程度のフライパンの上で転がして揚げれば完成である。
ちなみに
「そのおにぎり半分とトレードしようか?」
「いいの!?」
「ほれ」
「じゃあボクも」
「あ、お
「いいよ、
「俺が作った」
「隼人が!?」
「なんだよ、意外か?」
「うん……」
またも驚いた顔を作った春希は、まじまじと隼人の顔を観察する。その目は、ちょっと信じられないなと言いたそうな色だった。
「もしかして今までのお弁当も隼人が?」
「おう、俺だ」
「……やっぱり7年って、すっごく長い時間なんだね」
「春希──」
どこか困った様な笑顔でそう
隼人はそんな春希に何か言おうとしたけれど──しかし言葉が何も出てこず、息を詰まらせてしまう。
「ん、早く食べちゃおう。お昼、終わっちゃう」
「そう、だな……」
しかしそれも一瞬の出来事、すぐさま元の、悪戯っぽい人好きのする笑顔に戻っていた。
何かが心に引っかかり、誤魔化すように窓の外を見る。
初夏の空は、憎らしいくらい真っ青だった。
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