第14話 慣れないこと、苦手なこと①

 転校したてのはやにはまだまだ慣れないことも多い。

 つきの田舎と違って登校中にトラクターとすれ違うこともなければ、校庭に鹿や猪がやってくることもない。教室だって満席だ。

 それは、体育の授業にいても同じだった。

「ボールそっちに行ったぞ!」

「うそだろ、そこから間に合うのかよ!」

「でもフェイントには面白いほど引っかかるけどな!」

「……くっ!」

 この日は隣のクラスと合同で、男女別でいくつかのグループを作り、各種球技が行われていた。

 ちなみに隼人のグループはサッカーである。

 田舎の畑仕事で鍛えられた身体能力は同世代の中でも抜きん出ており、周囲を大きく驚かせた。

 そしてあらゆるフェイントやテクニックに面白いほどほんろうされる姿をさらし、周囲を二重に驚かせる。

 周囲はそんな転校生を、笑いと共に温かく迎え入れるのであった。

「おつかれ、きりしま。まぁそのなんだ、色々すごいな、お前……くくっ!」

「うるせぇ、今日が初めてだったんだよ、もり月野瀬むこうじゃ球技できるほど人が居なかったんだよ……」

「ははぁ、なるほどそれで……うん?」

「うん? なんだあれ?」

 わああぁぁっという、突如大きな歓声が、体育館の方から聞こえてきた。

 グラウンドに体育館、そのスペースは有限だ。全員が一度に試合を行うことはできず、半数は見学となる。その見学のハズの大半が体育館に群がっているようだった。

 祭りのに集まる数以上の人が、一体何を見ているのかと、隼人の興味を強く引く。

「あぁ、勝利の女神が降臨したか」

「勝利の女神?」

 隼人は森に促されるまま体育館に向かう。

 そこには宙空をける女神のような──隼人主観によればがいた。

「どうしてそこにいるの!?」

「滞空時間長すぎ、本当に飛んでるんじゃ!?」

「ボールはなるべくかいどうさんに回して!」

「あれって、マークが常に3人はついてるよね!?」

 それは女子のバスケの試合だった。

 1人の少女を中心として攻防目まぐるしく変わる様相は、手に汗を握ってしまう。

 彼女はボールと共にコート内を縦横無尽に翔け回り、ひとところに落ち着いていない。

 人間離れした脚力と体力で相手チームを翻弄する様は、まるで木から木へと飛び移る猿さながら。

 この試合の面白いところは、はるだけが目立っているわけじゃないというところだ。

 聞こえてくる声援を拾うと、どうやら相手は万年1回戦敗退の弱小とはいえ、半数を女子バスケ部員で固めているらしい。春希の活躍が目立つ分、それを押さえ込み一進一退の試合を展開させる彼女たちのチームプレイの巧みさが際立っていた。

 思わず見入ってしまう──そんな試合だった。

 そして隼人にはこの試合に強烈な既視感があった。

(魅せプ……あいつ、遊んでるな)

 春希は昔からゲームだけでなく、川に飛び込む時、塀を飛び越える時、拾った棒を振り回す時、妙にかつこうを付ける癖があった。

 今だって相手のチームが息を相当荒らげているにもかかわらず、春希には余裕があるのか涼しげな顔。思わずけんしわが寄り、変なため息が出てしまう。

「はぁ……やっぱり二階堂は凄いよな、霧島」

「はぁ……そうだな、全くもって凄いと思うよ、森」

「バスケもそうだけど、アレも凄いよな」

「アレ?」

 どういう意味だと森の顔を見てみれば、締まりのないだらしない顔を晒していた。

 ちょっと視線をずらしてみれば、似たような表情の男子があふれている。

 いぶかし気に彼らの視線を辿たどっていけば、ある一点に行きついてしまう。

「っ!?」

「な、すごいだろ?」

「や、な、あの、その」

 春希の胸だった。おっぱいだった。

 周囲と比べて特別大きいというわけではない。

 しかしコートを所狭しと翔け回る春希の運動量は、他の追随を許さない。

 ばいんばいんと縦に揺れ、ゆさゆさゆさっと横に行く。時にボールと共にフェイントをかけながら、ぐいんと大きく弧を描く。

「あれはまさにアートやでぇ」

 森の感心したようにささやく言葉に、まるで同意するかのようにゴクリとのどを鳴らす。

 大きさこそは標準レベルかそれ以下だが、しなやかに健康的に動くそれは、十分に異性を意識させられるものである。

(おいおいダメだろ、相手は春希だぞ!?)

 頭では必死にそう自分に言い聞かせるのだが、悲しいかな隼人も思春期男子、一度そのことに気付いてしまうと、どうしたってチラチラと見てしまう。注目しようとして──

「──」

「っ!」

 その時、突如シュートを決めた春希が、隼人の視線に気付く。一瞬だけ、『どんなもんよ!』と言いたげなドヤ顔で微笑んだ。余りに絶妙なタイミングであった。

(見てたのバレた!? いやバレてないよな!?)

 そんな相反する考えがぐるぐると頭の中を駆け巡り、どんどん顔は熱くなっていく。

 この場に居るのは限界だった。

「ん、どこに行くんだ霧島?」

「あーそのほら、俺、田舎者だからさ、人混みに酔っちゃって」

「そうか、もったいねぇ」

「は、ははっ……」

 ふらふらと体育館を後にする。暑さのせいもあって、頭がで上がっているようだった。

 冷えろとばかりに、蛇口の下に頭をすべらせ栓をひねる。

 水音に交じって相変わらずの歓声が背中をたたく。

 それがなんだか、いらちにも似た感情を刺激していた。

「あぁ、くそっ!」

 春希に振り回されているのは確かだった。やけくそ気味に水をかぶり続ける。

 まだまだ慣れないことが多いようだ。

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