第13話 ありふれた食卓
食器や夏の衣類、それに筆記用具やノート、教科書といった教材。それら生活に必要最低限のものは荷ほどきしてあるが、まだまだ開けていないものも多い。
「さて、やるか」
隼人は帰宅後、着替えもそこそこに開封仕分け作業に没頭する。数日の間はこれらの整理
「おにぃ居る? 入るよ」
「うん?」
返事を待たず、
「連絡、お父さんから。今日もお母さんのとこ行くって」
「夕飯は要らない感じか」
「うん、そう。おにぃもいい加減スマホ買えば? あたし、連絡係になってんじゃん」
「はは、
「もう……っ!」
隼人は姫子の呆れ声を背中で聞き流しつつ、冷蔵庫に向かった。
昨日、今朝と大掃除とばかりに食材を使ったので、中身は寂しいものである。
「空だな……冷凍で何かあったっけ」
「ね、おにぃ」
「うん?」
ふと、シャツの背中が引っ張られた。
どうしたことかと振り返れば、何かを堪えるかのような、少し憂いを帯びた姫子の顔が飛び込んできた。あの時を
しかし姫子は、つとめて明るい声で隼人におねだりする。
「あたしさ、今日はすっごくおにぃのよくばりハンバーグ食べたい気分なんだ」
「……あれ、すっごく手間がかかるぞ。買い物にも行かなきゃなんないし」
「わかってる。あたしも手伝うからさ、ね?」
「ったく」
妹にそんな顔で頼みごとをされれば、隼人には断れるはずもなかった。
早く行こうと
どうやら一緒に行くつもりらしい。1人にはなりたくないようだ。
隼人はそんな妹の頭を、少し乱暴気味にかき混ぜた。
「ちょ、いきなり何すんのさ! 髪がぐちゃぐちゃになっちゃう!」
「大丈夫だ。その為の転院のはず、だろう?」
「ぁ…………ぅん…………」
「さ、陽が暮れる前に早く行こう。俺まだスーパーの位置ってあやふやなんだよな」
「もぅ、おにぃはしょうがないんだから」
隼人もつとめて明るい声を出す。
家を出た姫子は不安を振り切るように、自然と早足になり、隼人を引っ張る形で前を行くのだった。
近所にあるのは、いたって普通のスーパーである。
様々な野菜に、肉や魚といった生鮮食品。牛乳をはじめたくさんの種類の飲み物に調味料。色とりどりの菓子類にちょっとした雑貨。特筆すべきことの無いスーパーだ。
しかし、霧島
2人の近所での買い物と言えば、半ば趣味でやっている古くて雑多な個人商店に、農協の購買部、少し足を伸ばした先にある道の駅くらいしか知らない。隼人と姫子にとって様々なものが一堂に会しているスーパーは、さながら食品のアミューズメントパークじみていた。
「え、総菜コーナー……あんなに手間のかかるコロッケが1こ38円!?」
「おにぃ見て! 冷凍なのにワッフルとケーキがあるよ!」
「パスタの種類がいっぱいありすぎて違いがわかんねぇ……」
「ど、ドレッシングの種類もいっぱいで、何がなんだかわかんないよ……っ!」
隼人と姫子は無駄遣いしないよう自制心を働かせるのに苦心する。この日、買い出しでお菓子は一度に200円までという霧島家ルールが制定されるのだった。
買い物から戻れば、すっかり陽は落ちていた。
「姫子は野菜をみじん切りにしてくれ。俺はキノコの方に取り掛かるから」
「りょーかい。それにしても、こっちって野菜あんなに高いんだね……これじゃ本当によくばりハンバーグだよ」
「ははっ、月野瀬だとキノコも野菜も食べきれないほど近所からもらってたからな」
よくばりハンバーグとは、たっぷり野菜でかさ増ししたハンバーグのことである。
タネには玉ねぎの他、キャベツとナスが入れられており、それぞれ野菜の甘みとひき肉の脂を吸わせて肉の
それにかけるのは、
ハンバーグだけでなく白身魚やオムライス、パスタのソースにもよく合うので、多めに作って残りはプラスチック容器に詰めて冷蔵庫行き。
野菜の切れ端などをもったいないとばかりにみそ汁に入れれば、夕食の完成になった。
「いただきまーす……んん~、熱っ! おにぃ、水!」
「はいはい、何やってんだ……」
夕食ができた頃には、20時を大きく過ぎていた。
隼人は急いで食べて熱いと騒ぐ姫子に、しょうがないなとため息を吐きつつ水を出す。だけどおいしそうに食べる姫子の姿に頬も緩む。濃いめの味付けのよくばりハンバーグは、空腹も相まって、非常に白米がよく進んだ。
「やっぱりおにぃのソースはお酒に合いそうな味付けだね」
「姫子、酒なんて飲んだことないだろ。ま、辛口の
「ふひひ。ま、おいしいよ」
「そっか」
「……おにぃが初めて作ったのってさ、このよくばりハンバーグだったっけ。あたしにとっても思い出の味っていうか……なんていうかさ、随分と料理が
「……そうだな」
「てわけで、これからもよろしくね、おにぃ」
「姫子も覚えろよ」
「冷凍やインスタントならばっちり!」
「……ったく」
隼人と姫子。兄と妹。明るい声の2人だけの食卓。2人では広すぎる食卓。少し寂し気に感じてしまうそれは、しかし2人にとってはひどくありふれた光景でもあった。
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