第12話 約束⑤

 春希と共に向かったのは、旧校舎にある、こぢんまりとした何もない部屋だった。

 広さはおよそ教室の4分の1ほど。細長く板張りで、歴史を感じさせられるうらぶれた場所だ。しかし床はチリ一つなく、しっかりと手入れされた形跡がある。

「……ここは?」

「んー秘密基地。この辺って資料置き場にしか使われてないからさ、誰も来ないんだよね」

「基地にしては何も無さすぎだろう」

「あは、確かに。今度何か持って来よう。避難所シエルターも兼ねてるしね」

避難所シエルター、か」

 周囲の目が無いせいか、春希は昨日の自室と同じくガキ大将モードになる。

 スカートのことなどお構いなしに、ドカリと座って胡坐あぐらをかく。一瞬迷いはしたものの、さすがに靴下まで脱ぐのは躊躇ためらったようだった。

(これ、教室の皆には見せられないな)

 隼人はこめかみを押さえつつも辺りを見渡す。

 板張りの何もない小さな部屋。

 秘密基地にしては寂しい場所。

 けんそうを離れる為だけの避難所。

 空き部屋にしても資材も何も置いていない、窓が付いているだけの殺風景な部屋だ。

「……どうしたんだ、ここ?」

「たまたま見つけたんだ。カギもあるよ?」

「いいのかよ」

「バレなきゃ大丈夫。隼人も座ったら?」

「ったく」

 春希の前に腰を下ろした隼人は、同じく胡坐をかいて向かい合う。

「それで? 一体どういう了見だ?」

「あ、うーん……なんていうかね……」

 うなりつつ、歯切れの悪い返事をする春希。何かを躊躇っているようだ。

 先ほど春希は隼人を誘った。

 普段の仮面を装いつつも、軽率な行動とも言えた。しかし、何かを強く訴えてくる瞳が、強く印象に残っている。それほどまでに何か言いたいことがあるのだろう。

「笑わない?」

「ものによる」

「笑ったら貸しだよ」

「あぁ」

 春希の真剣な目が隼人をとらえる。隼人もその想いを受け止めようと向き直る。

「実はボク…………友達とお昼を食べるのが夢だったんだ」

「…………は?」

 思わず間抜けな声が出た。

 それをあきれられたと勘違いした春希は、りゆうり上げて抗議する。

「もう! ボクにとってはすっごく重要なことなんだよ! ボクってほらさ、あんなだから……誰かと食べるとかでめ事とか起きちゃったこともあったし……だからずぅ~っと1人だったから、その……」

「…………」

 最後の方は消え入りそうになっていた。

 春希の言ったことは容易に想像できる。

 先ほどまでの教室での光景と、避難所シエルターと呼んだこの空き部屋。

 きっと、そういうことなのだろう。

 この部屋でずっと1人でお昼を過ごしてきたかと思うと胸が痛む。

(まったく……っ!)

 隼人はその痛みを誤魔化すようにボリボリと頭をき、鞄から弁当を取り出した。

「そうか、ならこれからは毎日夢がかなってしまうな」

「隼人……」

「違うのか?」

「ううん、違わない。じゃあこれはボクからの貸しってことで!」

「安い貸しだな」

「あは、じゃあ10回で貸し1つにしよう」

「それだと春希の貸しが貯まる一方だろ……特に用事が無ければ昼はここに集合、そういう約束でどうだ?」

「約束……そっか、約束……うん、約束だよ、隼人!」

「お、おう」

 春希はきょとんとした様子で目をぱちくりさせたかと思うと一転、子供のように無邪気な笑顔を咲かせた。感情を抑えきれないのか、興奮気味の春希は額がくっつきそうなほど隼人の下へと詰め寄ってくる。

(ち、近すぎるだろ!)

 見た目は美少女の春希である。それは隼人も認めざるを得ない事実だ。

 そんな春希が、他の人には絶対見せないであろう満面の笑みを、こうまで近付けられてしまうとドキドキしてしまうのは仕方ないことだろう。

 隼人はそんな胸中が春希に知られてしまうのは、なんだか悔しい気がした。

「離れろって」

「あ、ごめんごめん」

 だから多少強引に春希を押しのけると、ぶっきら棒に右手の小指を差し出した。

 自分でも子供っぽいことをしているなという自覚があった。

「約束、な」

「うん、約束。えへっ」

 絡まる小指。さいな秘密の約束。互いにこぼれる笑い声。

 また1つ、あの時のように、2人の間に思い出が生まれるのだった。

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