第11話 約束④

 そして訪れた昼休み。

 それまでの間も、散々皆に囲まれる春希を目にしてきた。

 学校にいて、隼人とは住む世界が違う。そのことを見せつけられた形だ。

「霧島くん、ちょっと付き合ってください」

「はっ……二階堂、さん?」

 だから一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

 隼人は困惑しつつ春希を見つめるも、その顔は先ほどまでと同じように静かな微笑みをたたえ、だけどその瞳はどこか切羽詰まった真剣みを帯びていて、無視もできそうにない。

 教室がにわかにざわめき始めた。

 二階堂春希は高嶺の花であり、その行動は皆に注目されている存在だ。

 春希自身もそうあるべきと行動してきたし、その価値を正しく理解しているはずだ。

 彼女から何の用件もなく男子に話しかける──それだけで周囲に様々な憶測を呼んでしまう、特別なことだった。

「二階堂さんが転校生に?」

「まさか、好みだとか……」

「いや、転校生だから何か用事があるに違いない、そうであってくれ!」

 周囲から興味やねたみ混じりの視線やヒソヒソ声が聞こえてくる。

 既に注目の的になっていた。もはや無かったことにするには難しい。

 それは隼人も春希も、いやが応でも理解させられる。

「ええっとその、アレ、アレです。アレのことです」

「アレ……? 二階堂?」

 だというのに、春希は先と変わらず涼し気な顔のまま「アレ」を連呼する。まったくもってアレである。

 しかし傍から見れば、むしろ隼人が何故わからないのかと責めたてられているような構図になってしまっていた。だが隼人には、それが今まさに自分の失敗に気付き、全力で誤魔化そうとしているのだと、わかってしまう。

(そういえば……)

 かつてのことを思い出す。

 子供の頃、春希が調子に乗って牧場と畑を隔てるもくさくに上って歩いていたら、急に壊れてしまったことがあった。

 幸いその時は近くで農作業していた大人たちのお陰で羊が逃げることもなく事なきを得た。

 木柵が腐りかけていたのが原因で、春希に責任も怪我もなかったのだが、その時の春希は自分がやらかしてしまったと思い込み、今のように『アレだよアレ、アレがああなっていてアレ……』とひたすらアレを連呼していたのだった。

 澄ました顔をしているものの、隼人には今の春希は、その時のと全く同じものに見えた。ついでに言えば助けを求めるようなひとみまであの頃と一緒である。

(……ったく)

 隼人はくつくつとした込み上げる笑いをこらえながら、さてどうしたものかと言葉を選ぶ。

「あぁ、アレだな。今朝、俺が花壇で頼まれたやつ」

「っ! そ、そう、それです。早めに済ませておきたくて……今、大丈夫ですか?」

「わかったよ」

「あ、かばんも一緒にお願いしますね」

「へいへい」

 とつのアドリブだった。

 しかしこれで、『頼まれごとを早く済ませたいからかしている』という図に作り替えることに成功する。

 周囲にも「なーんだ」「だよねー」といったあんの空気が広がり、興味を失っていく。

 隼人から見ても春希はあからさまにホッとしたような顔をつくり、誤魔化すようにさっさと教室を出ていった。やれやれとため息を吐く隼人に、ニヤニヤした様子の森が話しかけてくる。

「役得だな、

「はは、うっせぇよ」

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