第10話 約束③

 ついでとばかりに、春希と共に花壇から教室へと向かう。

 いい時間になっていた。昇降口は遠く、かつてのように肩先を並べて早足気味に急ぐ。

 そんな中、隼人はふと春希の視線を感じてしまい、横を見る。

「うん、何だ?」

「べっつにぃ~? どうしてボクの方が見上げなきゃ、だなんて思ってないよ~?」

「……子供か!」

「ぷいっ」

 つーんとそっぽを向き、「昔はボクの方が背が高かったのに」とつぶやく春希。

 そのっぽい言動に、隼人もあきれつつも、笑い混じりのため息を吐いてしまう。

 昔も今も変わらぬおさなじみ。同じ過去と思い出を共有した仲。

 しかし教室に足を踏み入れれば、たちまちただのえない転校生と優等生のたかの花へと変化してしまう。

「あ、二階堂さんだ」

「よし、ここは二階堂に聞いてみよう。英語の課題なんだけどさ、この訳だけど……」

「すまん、こっちもついでに教えてくれ」

「あーしも!」

「えぇっと、ですか? はい、いいですよ」

 猫をかぶりなおした春希は、男女を問わずあっという間に囲まれた。一瞬にして隣の席周辺の人口が過密する。

 どうやら彼らは昨日出た課題の件で、春希に聞きたいことがあるようだった。

(そういや成績優秀なんだっけか)

 昨日聞いたことを思い出す。それでも押しかけているうちの何割かは、春希と話をしたいだけが理由なんじゃないか、などと考えてしまう。

 きっと春希自身も、そのことはわかっているのだろう。

 それでも静かに微笑みたおやかに返事をする様は、なるほど人気があるのもうなずける。

 隣の席ではあるのだが、田舎者で人混みの苦手な隼人は、自主的に窓際の方まで避難して、人気者の幼馴染の様子を観察することにした。

(擬態、って言ってたっけか)

 そんな昨日の言葉を思い出す。隼人も最初、その擬態にだまされた1人だ。

 もっとも騙されたからと言って、春希にどうこう言うつもりはない。

 隼人にとって春希はだ。

 擬態にも何か理由があるのだろう。無理に聞き出す気も無い。もし必要となったら言ってくれる──そんな信頼感があった。

 今はただ大変だなぁと、人に囲まれている春希の様子を眺めて苦笑いをこぼす。

「二階堂、すごい人気だろ? あれ、いつものことなんだぜ」

「凄いな。確かに見た目は可愛いとは思わなくもないが……ええっと?」

「そういや自己紹介まだだっけ? もりだ。森おり。よろしくな、転校生──いや霧島」

「あぁ、よろしく、森」

 話しかけてきたのは、明るく脱色した髪が特徴的な、少し軽い感じのノリの男子生徒だった。昨日積極的に質問してきた1人でもある。

 森はニヤニヤした顔をしながらも隼人の隣に陣取り、一緒に春希の方へと視線を移す。

「まぁ、転校したてであの輪の中へ飛び込むにはハードルが高いわなぁ」

「俺は別にそういうのは……そっちこそ、あそこに行かなくていいのか?」

「高嶺の花だからね。そもそもオレ、彼女もいるし、観賞用って感じ?」

「なるほど?」

「オレ以外にもそういう奴、結構いるぜ?」

「へぇ」

 教室を見渡せば、友人同士で会話に興じる者、せっせと課題を写す者、文庫本を開いて本の世界に没頭する者、色んな人が見てとれる。彼らも時々春希の方に視線を移すこともあるが、皆が皆、春希にべったり興味があるというわけではないようだ。

 二階堂春希は特別な存在だ。

 特別だからこそ、自分たちとは住む世界がかけ離れている──そう考える人も多いのだろう。隼人自身もそう考える側の1人だ。そのはずだ。そのはずなのだ。しかしどうしてか、春希を見ているとけんしわが寄ってしまう。

「……」

「……なるほど、うんうん、頑張れ霧島」

「は? いきなり何を?」

「まぁまぁ。わかってるって」

「いや待て、何か誤解している!」

「ははっ」

 何を思ったか森は、そんな隼人を揶揄からかうかのように茶化してきた。

 神妙な気持ちになっていたのは否定できない。

 7年という時間は想像以上に長い。互いに知らないことも多いだろう。だけど、あの時のように子供というわけじゃない。

(これは……やっぱり学校では関わらない方がいいか)

 容姿端麗、文武両道。は高嶺の花で人気者。学園のアイドルのような女の子。

『擬態』をしている、と言っていた。つまり、そんな擬態ことをしなければならないという理由があるのだろう。それに合わせるのも、かつてと変わらぬ友人として、幼馴染としての役目に違いない。

「ふぅ……」

「霧島?」

「ん、何でもない」

「そうか?」

 少し寂しい気持ちもある。

 だけど隼人は自分に言い聞かせるように息を吐き出し、春希の様子を見守った。

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