第9話 約束②
花壇のある場所は、校舎の裏手とは言え陽当たりの良い場所だ。人の通りも少なく、校内で植物を育てるには最適だろう。
遠目からでもズッキーニの大輪の黄色い花が、いくつか咲いているのが確認できた。それらの前で月野瀬の
「おはよう、どうしたんだ?」
「ぴゃあっ! ……あ、昨日の」
「花、咲いてるね。受粉は?」
「ええっと、あのその……」
「綿棒があると楽だけど」
「……無い、です」
園芸部の女の子は、恥ずかしそうに顔を赤らめ
どうやら調べが甘かったようだ。
このまま何もしなければズッキーニの実は大きくならないだろう。わざわざ声を掛けながら、それじゃあと去っていくほど、隼人は薄情でもない。
「あー、根元に緑色の実の元があるのが雌花、無いのが雄花だな。摘んでいい?」
「ふぇ? は、はい、よろしくお願いします!」
「花弁は邪魔だから剥いちゃって……剥き出しになったおしべをこう、めしべに
「や、やってみます! こう、かな……えっとその」
「一度に全部花粉を付けるんじゃなく、おしべ1本でめしべ2つ3つくらいはできるよ」
「は、はい!」
隼人のアドバイスを受けて、彼女も受粉に取り掛かる。
畑に比べれば小さいが、花壇としては結構な大きさだ。朝のショートホームルームまでの時間は残り少ない。
少し急ぎつつも、隼人も久しぶりの農作業に心が弾む。自然と口元も緩む。
「私、野菜って勝手にできるものだと思っていました……」
「うん?」
「おしべとめしべがくっ付いて、そうした営みがあって実が
「そう、か。そうだな……うん、その通りだ」
隼人にとって畑仕事は、身近にある生活の一部だった。
月野瀬は農家が多く、こうしたことなんてありふれていた。単なる作業の一つだと思ってしまっていた。
だからこそ園芸部の女子生徒の意見は新鮮で、思わず彼女の顔に見入ってしまう。
隼人の視線に気付いた彼女は、やおら顔を赤くしていったかと思えば、急に立ち上がって手をバタバタとさせて慌てだした。
「あのその変なっ……変ですよね! おしべとめしべってそれってえっちぃ……はうぅぅ」
「ま、待て!」
「いやその、おしべとめしべのこれって子づく──きゅぅぅ」
「落ち着いてくれ!」
突然の彼女の暴走に、隼人もどうしていいかわからない。
隼人には絶対的に、同世代の女子への対応力というものが欠けていた。
「おしべめしべに赤い顔の
「に、
「はる……二階堂っ」
そんな2人の状況にツッコミをいれるかのごとく、この場に
その
「あのえとその、私……お、おはようございます、失礼しますっ!」
「……あっ」
女子生徒はそんな空気に耐えられなくなったのか、元からいっぱいいっぱいだったことも相まって、脱兎のごとく逃げ出していった。
後に残された隼人は、むすーっとした様子の春希と2人っきりになってしまう。
「これはだな、その……」
「ふふっ、やっぱりあの子、源さんに怒られて逃げるメェメェたちに似てるね、隼人」
「……春希?」
どう言い訳しようかと思案していた隼人であったが、予想に反して春希の弾んだ声が返ってくる。その顔は
「いつから見ていた?」
「受粉の残り半分くらいから? 何してんだろうって見てたら、あの子が急に赤くなって慌てだして、これはボクが助け舟を出さなきゃと思ってさ」
「結構前からじゃねーか。見ていたのなら声を掛けてくれてもよかったのに……俺に変なこと言ったってなっているぞ、あれ」
「ボクには学校での立場とかキャラがあるからねー、しょうがないんですー」
「俺はいいのかよ」
「隼人はいいの」
春希はくるりとスカートを翻して、楽しそうな笑みを浮かべて言う。
「だって友達だもん」
「……なんだよ、それ」
無茶苦茶な理屈だった。
2人の間にくすくすという忍び笑いが流れる。
(ま、いっか)
どうしたわけか、そう思ってしまう隼人であった。
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