第7話 再会した、かつての親友⑦

 隼人の引っ越してきた場所は、春希の家からもさほど離れていない10階建てのファミリー向けマンションである。

 木造平屋の一戸建て、鉄筋コンクリートの集合住宅。

 不用心に開けっ放しの玄関先、オートロックが施されたエントランス。

 田舎と都会、違いは多く戸惑うことも多い。まだまだ慣れるには時間がかかりそうだ。

「ただいま」

「おかえりー、おにぃ」

「……ひめ、色々見えてるぞ」

「んー、見たいの?」

「見たくないから言ってんだ」

「じゃあ見なきゃいいじゃん」

「……ったく」

 6階にある自宅のリビングで、妹がやる気のない声で出迎えてくれた。

 勝気そうなひとみ、明るく染めてゆるふわにパーマのかけられた髪、下品にならない程度に短くされた制服のスカート。

 いかにもオシャレに気を遣う今時の女の子──それが隼人の妹、姫子である。

 隼人も妹ながら結構可愛らしいとは思うのだが、今はだらしなくソファーの上で寝そべっており、短い丈のスカートもめくれ上がってしまっている。そんな非常に残念な姿を晒していた。さすがの隼人もまゆをひそめてしまう。

(はぁ、まったく、春希といい姫子といい……)

 思わず先ほどのおさなじみの姿と目の前の妹の姿を重ねて、ため息を吐いてしまう。

 きっと彼女たちのこうした姿は、自分だからこそ見られるものでもあるのだろう。

 そう思えば、やれやれしょうがないなと思ってしまう隼人であった。

「姫子、父さんは?」

「病院。母さんのところに寄るって」

「……そうか。夕飯は?」

「おにぃお願い。あたし今、手が離せない」

「はいはい」

 姫子はせっせとスマホをいじっていた。時折「う~ん」といううなり声が聞こえてくる。引っ越す前から田舎者だと思われたくないと、息巻いていたのを思い出す。

 きっと、隼人と同じく転校生の洗礼を浴びせられたに違いない。変なボロを出さないよう、必死に色々と調べているのだろう。

「最初から田舎者だって言っておけばいいのに」

「おにぃ、うるさい!」

 姫子は、ちょっとっ張りなところがあった。それで失敗したことも何度かあった。

 隼人はそんな妹を眺めながら、冷蔵庫の中を確認する。

(特売の残りの豚ブロックに、白ネギ、ピーマン、白菜にしいたけ……)

 隼人のお昼はコッペパンのみと非常にわびしいものだったので、がっつりとしたものを食べたい気分だった。

 まずは豚肉を細切りにし、しように砂糖やみりんを加えたタレに漬けこみ、片栗粉とごま油を加えてませる。

 その間に野菜各種を刻んでいく。冷蔵庫の掃除を兼ねているので割合は結構いい加減だ。オイスターソースにトウバンジヤン、醤油や酒を加えた合わせ調味料を作るのも忘れない。

 それらをいため頃合いを見て合わせ調味料を投入すれば、なんちゃってチンジャオロースの完成である。ご飯にインスタントのみそ汁でも加えたら、彩り的にも悪くないだろう。

「姫子、できたぞ」

「はーい……て、うわ」

「なんだよ?」

「相変わらず、お酒のつまみみたいなものを作るのね、おにぃ」

「いやでもこれは普通の料理のはんちゆうだろう?」

「そうですねー」

 娯楽の少ない田舎では、事あるごとに誰かのところに集まっては宴会が行われていた。

 隼人はその度に呼ばれておつまみを作らされると共に、小遣いももらっていたのである。手持ちのレパートリーがそうしたものに偏ってしまうのは必然であった。

「いただきまーす」

「どうぞ」

「ん~、やっぱりご飯にも合う、やばい太っちゃう! あ、そうそう、おにぃ知ってる?」

「うん?」

「今日学校で初めて知ったんだけどさ……この辺、コイン精米所が存在しないんだって」

「なん、だと……?」

「しかもね、10分も歩けば大体最寄り駅に行けるんだってさ」

「それ、本当に最寄り駅じゃないか!」

 月野瀬の田舎とは違った都会具合に、せんりつする霧島兄妹きようだい。どうやら隼人だけじゃなく、妹の姫子も転校早々それらのギャップに大変な目に遭っている様だった。

「で、どうなの?」

「何が?」

「良いことあったんでしょ?」

「どうして?」

「ニヤニヤしてる」

「……へ?」

 姫子に指摘され、初めて隼人は自分の頬が緩んでいることに気付く。

 何だかんだと言って春希幼馴染との再会は、顔に表れてしまうほどうれしかったらしい。

 だから自然と笑顔になってしまっていた。

「学校でさ、に会ったんだ」

「はるちゃん……え、うそ、はるちゃん!?」

「何と驚け、席も隣だ」

「うわ、すご! はるちゃん、どんな風になってた?」

「そうだな……」

 隼人は今日再会した幼馴染のことを思い浮かべる。

 昔はいつだって短パンにシャツに帽子、服だっていつも泥だらけで身体のあちこちに擦り傷を作り、ガキ大将や悪ガキ然とした姿。

 それが今や背中まで伸びたつややかな髪に、擦り傷どころかシミ一つない白い肌。たおやかな印象の、一見すればせいれん大和やまとなでし

 だけど悪戯いたずらっぽく笑う顔は、どうしたって当時のものと重なってしまっていた。

「変わってなかったよ、は春希だった。早速〝貸し〟を作っちゃうくらいにな」

「へぇ、そっかぁ。あたしも会いたいなぁ」

「むしろあれは昔より力も強くなって強引になったし、猿からゴリラへと進化しているのかもしれん」

「あはは、何それ」

 そしてお互いの、共通のかつての幼馴染の話題に花を咲かす。色々な思い出がよみがえってくる。

 いくつもの貸しを作ってきた。

 半分に分けたアイスの大きさがぞろいだった時。

 セミ採りで捕まえた数を競った時。

 今日みたいにゲームで勝負をした時。

 お互いにいくつもの思い出を積み重ねてきた。

 あの日。夏の終わり。

 いつまでも続くと思っていた日々が崩れてしまった時。

 その時に交わした小さな約束が、今も確かに息づいていた。

 並んでいた背丈は頭1つ分。

 つないでいた手は一回り。

 駆ける速さは同じでも、差ができてしまった歩幅。

 そんな、離れていた間にできてしまった違い。

 それでもきっと、気にならなくなると思えてしまう違い。

 終わったと思っていた関係が、夏と共に再び始まろうとしていた。

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