第4話 再会した、かつての親友④


「……何をしているんですか?」


 突如、鈴を振るような声が、背中から聞こえた。

 しかしその声色は、若干の呆れの色を含んでおり、見つめるひとみもどこか冷ややかだ。

たけさん、部活棟の方に申請していた肥料が届きましたよ」

「え、あ、はい! 今行きます、ありがとうございます、二階堂さん!」

「あっ、えーとその……二階堂、さん」

 話しかけてきたのは隣の席の美少女──二階堂だった。

 園芸部の女子生徒は、二階堂の話を聞くや否やはじけるようにこの場を飛び出していく。

 そして2人して彼女を見送ったあと、二階堂は腰に手を当てジト目で隼人をにらみつけ、ぐぐいと顔を近付けてくる。

「ふぅん、転校初日からナンパ? まったく、ああいう子が好みなのかな、は!」

「い、いや、それはだな……っ」

 その非常に端整な顔を近付けられると、ドキリとしてしまう。それだけじゃなく、妙な迫力もあって後ずさってしまう。

 かぶっていた猫をいきなりかなぐり捨てた彼女のれ馴れしい言葉と態度は、隼人の困惑に、より一層の拍車をかけていく。

「ナンパじゃなくてその、似てたんだ……」

「似てた? 一体どこの誰に?」

「……げんじいさんとこの羊」

「あぁ、あの雑草食べてもらう為に飼い始めたけど、野菜の苗ばかりに興味もって怒られてばかりいた、あのメェメェたちに?」

「そうそう、あのクリクリってした癖っ毛とか、野菜の前でうろちょろしているところを見ているとつい……って──痛っ!」

「ぷっ……くっ……あは、あははははははははっ!!」

 かと思えばせきを切ったかのように笑い出し、そしてバンバンと隼人の背中をたたき始める。

「まったく、源さんの羊に似ていたから声を掛けるだなんて、ひどい奴だな、

「いててっ、ちょっとは加減してくれよ、はる……き……?」

 何故か、そんな言葉が飛び出してしまった。

 語尾の方は完全に疑問形だ。どうしてそんなことを口走ったのかはわからない。

 隼人は混乱する頭で、まじまじとを見つめてしまう。

「あ、二階堂さんこんなところに! ちょっといいですか!?」

 そんな時だった。

 彼女に用があるとおぼしき女子生徒がやって来て声を掛けてくる。

「はい、なんでしょうか?」

「ちょっ、おい!」

 そして二階堂は、再び猫を被りなおす。

「しーっ」

 そして去り際にこちらに振り向き、内緒とばかりに唇に人差し指を当てて、悪戯いたずらっぽく微笑んだ。

「……なんなんだよ、一体」

 様々な情報が一気に脳裏を駆け抜け、隼人の胸の内は荒れに荒れるのだった。


、か……)

 隼人は午後の授業中ひたすら、彼女の──のことを考えていた。

 月野瀬の田舎の山奥で、野山を駆け巡り一緒になって遊んだおさなじみ

 ──ああ、そういえば。


『あ、釣れた! ボクも釣れたぞ、はやと!』

『わかった、わかったから叩くな!』


 先ほどのように、はるは興奮するとバシバシと背中を叩く悪癖があったなと思い出す。

 交わす言葉のノリと当時と同じことをされれば、つい『はるき』と呼んでしまったのも無理はない。それだけ深く心に刻み込まれていることなのだから。

(……二階堂さんは、なのか?)

 山奥の田舎である月野瀬に相当詳しくなければ、それこそ地元の者じゃなければ、源じいさんのことなどわかりはしないだろう。

 ジト目でを観察する。

 やはりと言うべきか、どうしたって隣の席の女の子が、このせいれんで大人しそうな女の子が、記憶の中にある猿のようかいじみた幼馴染はるきだとはにわかに信じられない。

「……む!」

「……っ!?」

 そんないぶかしむ隼人の視線に気付いた彼女は、千切った消しゴムをデコピンの要領でぶつけてきた。痛くはないのだが、その幼稚とも言える行動にびっくりしてしまう。

(子供か!)

 二階堂はるき──は、そんな隼人の驚く顔を満足気に眺めたあと、鼻を鳴らして前を向く。その際にちょこっとだけ見せたピンク色の舌先が、猿の妖怪と言われたことへの抗議のように思えた。

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