衝突!Sランク冒険者!
「シフとレイヴっていうのはどこかな?」
その男が扉を開けた瞬間、酩酊に弛緩しきっていたノミオスの酒場に一気に緊張が走った。
一見して只者でないと思わせる鋭い目つき。
身長は平均的な男性冒険者より少し高いぐらいであるが、鍛え上げられた肉体が放つ威圧感は男をそれ以上のものに見せている。
太くはない、しかし野生の肉食獣を思わせるしなやかな筋肉をしている。
そんな男がうっすらとでも、殺意を放っているのだからたまらない。
男を睨みつける者もいれば剣の柄に手をかける者もいる、突然の周囲の変化にわけも分からずうろたえる者達は経験の浅い冒険者だろうか。
己に向けられた敵意は男にとってはそよ風のようなものだったのだろう。
ふわりと受け止めて意に介さず、男は張り詰めた雰囲気のノミオスの酒場の中を闊歩する。
「Sランク冒険者、勇者セニが会いに来たんだ……恥ずかしがらずに早く出てきて欲しいな」
「Sランク冒険者!?」
「冒険者の最高峰!ドラゴンすら屠ると呼ばれる奴がこんなところに!?」
セニが投げかけた言葉は、酒場の中から上がった二つの声によってより強く広がっていく。
「フフ……」
それらの言葉を受けて、セニは薄く笑う。
(どの酒場でもいるなぁ、Sランクに驚く人。なんかもうSランク冒険者のあるあるネタだなぁ)
「笑ってやがる……」
「野郎、何企んでやがんだ……」
「いや、違う……これはそういうタイプの笑いじゃない、とにかくシフとレイヴを出してもらおう……」
「何の用かは知りませんが、レイヴはここです!」
勇者レイヴが立ち上がり、高らかに声を上げる。
その隣に座る盗賊シフはテーブルに突っ伏す。
「君がレイヴ……いや、レイヴ君か。勇者を名乗ってるんだってね……生意気なガキだ。君のお仲間のシフはどこかな?」
「いないよー」
テーブルに突っ伏したシフが呟く。
勇者レイヴがゆっくりと頷き、まっすぐに宣言する。
「『いないよー』と言っているのがシフさんです!ここは彼女の思いを汲んで、いないということにしていただけないでしょうか!?」
ガバと顔を上げて、シフが涙目でレイヴを睨みつける。
それを一切、意に介さぬレイヴは真っ直ぐな瞳でセニを見て「ちなみに今の僕は元勇者の無職です!」と付け加える。
「……フフ、面白いねぇ君たちは」
「お褒めに預かり光栄です!」
「……フフ、これはお褒めの言葉ではなくて、君たちを小馬鹿にしている意味合いだよ」
「勉強になります!」
「次からは、レイヴくんも使えるねぇ」
一筋の汗がセニの頬を伝う。
今までにない相手をしているという奇妙な緊張感があった。
「それで僕達に何の用件でしょうか?」
「たちはいらないよー」
「それで僕に何の用件でしょうか?」
セニは多少の不可解な点を受け止めることを決意した後に口を開いた。
「滅び大好き世界破滅神教の件……と言ったらわかるかなァ?」
青ざめたシフがレイヴを見て、ゆっくりと口を動かす。
「ど」「の」「け」「ん」の形に動く口を見て、レイヴは無言で首を振り、セニは僅かに恐怖した。
「僕たちは正しいことをした、そう思っています……」
「フフ……正しいことねぇ、新人パーティーがSランクパーティーの獲物に手を出すだなんて、全く正しくないんだよねェ!?」
セニが悪辣にレイヴを睨みつける。
S級冒険者である、周囲にどう見られるかというものを十分に意識している。
民草の前であるならば常に爽やかな笑顔をたたえているが、同じ冒険者の前であるならば、ある程度は自覚的に威圧感を出す。
冒険者はどこまでいっても、舐められたら負けの商売であるのだ。
「良かったね、レイヴくん。結局数十人が炎の中に突っ込んだアレじゃなくてね……」
小声でシフが囁くのを、セニの聴力は逃さない。
(数十人が炎の中に突っ込んだアレ……何がどうすれば、そうなる!?)
「それでも僕は人間の可能性を守った……そう信じたいです……」
シフの言葉を受けて、レイヴが重々しく言葉を放つ。
その瞳はどこまでも純粋で美しい黒珠のようであった。
「君ら、何したの?」
「……いや、アタシが悪いわけじゃないよ?きっかけを作っただけっていうか、いやでも、皆ちゃんと治療費は持ち帰れたからプラマイで言えばプラスだし……死人は出てないから……」
「結果的に野次馬の方々を炎上する滅び大好き世界破滅神教の教会に突入させることとなりました……」
「突にゅ……えっ……止めな……お前ら倫理観どうなってんだ?」
「アタシは止めたよ!!」
「僕も止めましたが、力及ばず……ならば、せめて、あの破滅神ブッホロスを滅ぼすことで人間の命ではなく、人間の可能性を守ったと……僕はそう信じたいです」
セニはポケットからカナイの木の実を一つ取り出し、口の中に含んだ。
セニが慣れ親しんだ味だ――苦く渋い果肉の中に舐めると少しだけ甘い種子がある。
故郷であるカナイは寂れた田舎で、美味しいものなど何も知らない幼い頃のセニの夢はカナイの木の実を腹いっぱい食べることだった。
懐かしの味がセニの心を落ち着かせる。
(これ以上、この話を掘り下げるのはやめだ。なにか恐ろしいものに触れそうな気がする……それよりSランク冒険者の獲物を横取りしたことを後悔させてやらないとね……!!)
「破滅神ブッホロスって何だ?」
しかし、セニの思考とは裏腹に言葉は反射的な質問を紡いでしまっていた。
破滅神ブッホロス――聞いておいて、絶対ろくなことにならない。
だが、流せるタイプのワードではない。
「破滅神ブッホロスはヤバかったね……」
「世界の滅びのために滅び大好き世界破滅神教の信徒が呼び寄せた神的存在です……恐ろしい敵でした……」
「アタシはあんな怪物の召喚を手伝って、とりあえず交渉から入ったレイヴくんが一番怖かったよ……」
「……フフ」
ガキの妄想と切って捨てるには、目の前の二人の態度はあまりにも真に迫っていた。
セニは、滅び大好き世界破滅神教の教会突入にあたって収集した情報を思い出す。
――何らかの超越存在用の召喚陣を作成中、相手の召喚準備が終わるまでに仕留めろ。想定脅威は非道悪逆大魔王。
(俺のパーテイーがもし、非道悪逆大魔王級の敵と衝突した場合、目の前の奴らやあのチャラ・オーのように無事に生還出来ただろうか……)
セニはポケットから緑の葉を取り出し、草笛の音色を奏でる。
カナイで取れた葉っぱを、魔力によって枯れないように固定してもらったものだ。
どこか優しい音色がセニの心を落ち着かせる。
吟遊詩人が教えてくれた勇者を称える音色だ。
幼き日に吟遊詩人の歌で勇者に憧れたセニは、今でも勇者を名乗り続けている。
それが夢でも野望でもないものに成り果てた今も。
何故、気づかなかったのか。
レイヴがその背に背負っているのは、セニが何度も夢見た勇者の剣ではないか。
思わず奏でられた音色に、シフもレイヴも含めた酒場中の人間が拍手を送る。
それほどの巧みな音色であった。
思いは劣化しても、この音色だけは劣化しないように過ごしてきた。
(……違う、無事に生還じゃない!俺たちなら世界を救えたか、なんだ!)
セニの脳裏に幼い頃からずっと共に歩んできたパーテイーメンバーの姿が浮かぶ。
賢者ロカ、魔剣士グイ、竜騎士ギリ。
アイツらと一緒ならば、どこまでも行けるはずだった。
実際、全員がS級にまで上り詰めることは出来た。
だが、そこが終着点だった。
そのS級にだって、どこまで価値があったものかわからない。
他者の功績を掠め取り、弱りきった魔物を討伐した、それだけだ。
今だって、滅び大好き世界破滅神教討伐の功績を奪い取ろうとしている。
何故か。
俺だ。
俺のせいだ。
俺が腐ってしまったせいだ。
人に感謝されて嬉しい、故郷に金を送ることが出来て嬉しい。
それだけで満足できていたはずなのに、いつのまにか身の丈以上のそれを求めてしまった。
セニは勇者レイヴの瞳を見た。
そのあまりにも純粋な黒い瞳には、セニの姿は映っていない。
(怖ッ!)
レイヴの瞳は何も映していない。
ただ、人類の明日を見ているだけだ。
もしも、本物の勇者というものが存在するのならば――これ以上に相応しいものはいないだろう。
ただ、人類の明日のみを見て戦う。
「レイヴ君……いえ、勇者レイヴさん」
「勇者ではなくただのレイヴですが、なんでしょう……セニさん」
セニがレイヴに跪き、それを当然のようにレイヴが受け入れる。
「……勇者呼びは受け入れないけど、それ以外はサラッと受け入れてるのマジで怖い」
そしてシフが恐怖する。
「俺は……今からでも勇者になれるでしょうか」
「貴方はチャラ・オーさんを知っていますか?」
「あの非道悪逆大魔王を討伐した剣士ですか?」
「偉大なるチャラ・オーさんはその可能性を示しました!勇者の一族しか勇者になれないわけじゃない!勇者をしたものが勇者に成れる!」
「……えっ、なんで勇者?そんな話してた?っていうか、なんでレイヴ君は普通に受け入れてるの、ねぇ」
レイヴとセニの間に余計な言葉はいらなかった。
だが、今のシフは余計な言葉が欲しくてしょうがなかった。
「僕たちも偉大なるチャラ・オーさんを目指し、鍛錬に励みましょう」
「はい!」
「チャラ・オーさん万歳!」
「チャラ・オーさん万歳!」
「チャラ・オーさんを崇めよ!」
「チャラ・オーさんを崇めよ!」
「イア!イア!チャラ・オー!」
「イア!イア!チャラ・オー!」
「邪教を滅ぼした結果、新たなヤバい宗教が生まれてる……!!」
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